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第六十九話 晋州城の激闘

文禄二年、三月。


漢城かんじょうの日本軍の兵站を支える龍山りゅうざんの倉庫が


明軍の急襲により焼き払われた。


炎が天を焦がし、兵糧は灰燼と化した。


「食が尽きれば戦も続かぬ……」


伊東祐兵いとう すけたかは陣中でそう呟いた。


兵の腹を満たす糧こそが、刀槍に勝る力である。


逼迫(ひっぱく)する中、日本軍は講和の糸口を探り始める。


五月、明の勅使が名護屋にて豊臣秀吉と会見し


秀吉から七箇条の条件が提示された。


だが一方で、秀吉は朝鮮南部支配の要として、晋州城しんしゅうじょう攻略を厳命する。


その矢先、六月十四日


祐兵の側近である河崎祐長かわさき すけながの子・権助が病に倒れた。


祐兵の甥、伊東義賢いとう よしかたと深き交わりのあった若者の死は


陣中に重苦しい影を落とした。


祐兵は兵を前に、低く言葉を紡いだ。


「権助の無念を胸に刻め。われらは日向の名をこの城に刻むのだ」




六月二十一日、総勢四万余の日本軍が晋州城を包囲した。


「殿、いよいよですか……」


小姓・稲津重政いなづ しげまさ


槍に手をかけつつ震える声を抑えた。


祐兵は若武者を見やり、静かに頷く。


「重政、恐れるな。お前の槍は伊東の未来を支える。義賢と共に、わしの目となり耳となれ」


城内には金千鎰をはじめとする朝鮮の将が籠り


民を含む二万の人々が運命を共にしていた。


六月二十二日


太鼓と角笛が鳴り響く中、攻め手は一斉に梯子を掛ける。


石の雨、火矢の嵐。


だが島津義弘しまづ よしひろ率いる軍の勢いは凄まじく


その一翼に伊東祐兵いとう すけたか島津豊久しまづ とよひさも加わっていた。


「伊東殿、共に突き破るぞ!」


豊久が声を張り上げ、祐兵(すけたか)は応じる。


「うむ! 島津の矛と伊東の盾、いま一つに!」




戦は苛烈を極めた。


三日目には城壁が崩れ、日本軍は雪崩れ込む。


稲津重政は槍を振るい、義賢と共に先陣を駆けた。


「殿! 我らが道を拓きます!」


その若き声に祐兵は熱きものを覚えた。


しかし城内では死闘が繰り広げられる。


倡義使・金千鎰、そしてその子・金象乾が次々と討たれた。


「敵将、次々に落ちてゆく……」


豊久は息を呑みながらも刃を振るい


祐兵(すけたか)は冷徹な眼で戦局を見据えた。


ついに晋州城は血の海と化し、軍民二万余がことごとく命を落とす。


「これほどの犠牲を……」


祐兵は戦場に立ち尽くし、唇を噛み締めた。




六月二十九日、わずか八日の攻囲戦で晋州城は陥落した。


「勝ちは得たり。しかし……これは勝利と呼べるのか」


祐兵(すけたか)の声は風にかき消された。


豊久が傍らに立ち、静かに言葉を返す。


「殿、戦に正義はなくとも、我らの忠義は生き残るはず。日向の名は、この血戦を越えて伝わりましょう」


祐兵(すけたか)は若き同郷の将を見つめ、わずかに頷いた。


「そうであれと願う。……されど、これが長き戦の序にすぎぬとすれば、我らに課せられた試練は果てしない」


晋州城陥落の報は、朝鮮全土に恐怖をもたらし


明・朝鮮の兵は一時退く。


だが大地に沁みた血は乾かず


戦火はなお広がってゆく。


祐兵(すけたか)は戦塵の向こうを見据えた。


「伊東の名を、この荒野にて決して絶やさぬ……」


そして新たな戦の波が


再び彼らを呑み込もうとしていた。

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