第六十七話 朔寧の血戦
文禄元年十月十八日
秋風が吹きすさぶ異国の原野に、緊張が漂っていた。
「他国のやつらから、漢城を奪い返すべし!」
そう叫んで朔寧城に集結したのは、朝鮮の京畿道巡察使・沈岱。
敗走を重ねてなお士気を鼓舞し、漢城奪回の旗を掲げていた。
その数、およそ数千。
城郭の上には弓兵が並び、鬨の声は夜を震わせた。
伊東祐兵は鉄原の陣所にて報を受ける。
「殿、朔寧に敵が籠もり兵を糾合しております」
報告に祐兵は静かにうなずいた。
「避けては通れぬ。ここを討たねば、北方の道は閉ざされよう」
飯田祐安が前に進み出る。
「殿、この戦、必ずや武名を轟かせましょうぞ!」
祐兵の眼差しは、冷徹に光っていた。
「首一つでは足らぬ。千の首を挙げよ――我らの覚悟を示すのだ」
十九日の暁。
伊東軍は密かに陣を進め、朔寧城を四方から包囲した。
「他国の者ら、いざ来たれり!」
沈岱の檄が響く。
城門が開かれ、朝鮮兵が鬨の声とともに雪崩れ出た。
「恐れるな! 我らが刃は日向より来たり!」
祐兵は馬上から槍を振り下ろす。
鋼がぶつかり合い、血潮が大地を赤く染めた。
伊東義賢は敵兵を斬り伏せながら叫ぶ。
「殿、このまま押し潰しますぞ!」
祐兵は義賢を諌めた。
「急ぐな、囲みを狭めよ!」
祐兵の采配に従い
伊東勢は徐々に輪を狭め、敵を追い詰めていった。
矢雨の中、豊久が前へ進む。
「伊東殿、我が先駆けいたす!」
その声に兵が奮い立ち、攻勢はさらに激しくなった。
やがて敵兵の列は乱れ、守りの矢は弱まっていった。
混戦の最中、沈岱は必死に兵を鼓舞していた。
「怯むな! ここを守れば、漢城は我ら朝鮮の手に戻るのだ!」
だが、祐兵はその姿を見据え、家臣に告げた。
「この戦は首魁を討つにあり。沈岱を逃すな!」
伊東 祐勝が叫ぶ。
「承知! 我らが道を拓きまする!」
伊東勢は楔の陣形を組み、敵を裂いて沈岱のもとへ突き進んだ。
矢が肩を掠め、血が滲んだが祐兵は退かぬ。
ついに沈岱の周囲に辿り着いた瞬間、祐安が山伏国広で斬り掛かった。
「これぞ日向武士の意地、受けてみよ!」
沈岱は必死に剣を振るうも、数合ののちに馬から崩れ落ちた。
「沈岱、討ち取った!」
その声とともに城兵の士気は潰え、四散していった。
夕刻――
朔寧城は火に包まれ、伊東軍の旗が城郭に翻っていた。
「首級、千余!」
報告が響くと、兵たちの間からどよめきが起こる。
祐兵は沈岱の首を見下ろし、深く息を吐いた。
「これで一つ、道は開けた。しかし、血で拓いた道よ……必ず代償を払う日が来る」
豊久が近寄り、静かに言った。
「されど、祐兵殿の采配あればこそ。我らは必ず帰れる。日向の名も、必ずやこの地に刻まれましょう」
祐兵は彼の若き瞳を見つめ、うなずいた。
「ならば、この刃は無駄ではない。次なる戦も共に歩もうぞ」
その夜、炎に包まれた朔寧の空に、伊東の軍旗は高く翻った。
だが祐兵の胸には、勝利の喜びと同時に
果てしなき戦いへの覚悟が重く刻まれていた。




