第六十一話 日向の盟友
文禄元年、春。
豊臣秀吉の命により、諸国の大名たちが朝鮮渡海の軍備を整えた。
日向の伊東祐兵もまた
甥の義賢・祐勝兄弟を伴い、兵を一千率いて海路に臨んだ。
祐兵にとっては、日向再興を果たしたのち初めての海外遠征であり
その胸中には緊張と責任が交錯していた。
その同じ船団に、若き佐土原城主・島津豊久の姿があった。
父・家久の急逝を経て家督を継ぎ
十九歳にして日向の地を預かる豊久は、またしても大戦に臨む。
薩摩・大隅・日向を統べる島津家の威信を背負いつつも
その眼差しには若武者らしい烈しい光が宿っていた。
二人は、豊臣軍第四番隊の一員として同じ陣列に名を連ねることとなる。
肥前名護屋城を経て、いよいよ渡海の時が迫った。
出航を前にした軍議の席で、祐兵と豊久は初めて顔を合わせる。
「これより海を越える。伊東殿にお会いできるとは心強い」
豊久は深々と頭を下げ、声を張った。
祐兵はその姿に父・家久の面影を見出しつつ、穏やかに応じた。
「佐土原の若殿が共にあるならば、日向の武も決して衰えぬ。互いに恥じぬ働きを示そうぞ」
その言葉に豊久は笑みを浮かべ、「必ずや!」と力強く応じた。
二人の間に漂ったのは、主家の対立を越えた同郷の誼。
日向を共に背負う者同士として
いつしかその結びつきは、戦場で生死を共にする盟友の絆へと変わりつつあった。
渡海の途上、波に揺られる甲板で豊久が祐兵に語った。
「伊東殿。拙者は沖田畷にて初陣を果たしました。父の言葉を胸に、今も戦場に臨むときはその帯を思い出すのです」
祐兵は静かに耳を傾け、やがて己の記憶を重ね合わせた。
「わしもまた、飫肥を逐われ、流浪の果てに秀吉公に仕えることができた。失いしものの重さは、今も忘れぬ。だが、同じ日向の地に生まれた我らが共に立てること……これこそ天の計らいかもしれぬ」
豊久は拳を握り、叫んだ。
「ならば、この海の向こうで日向武士の名を轟かせましょうぞ!」
その熱に、祐兵の胸中にも久しく失っていた若き日の闘志が甦った。
こうして文禄の役において、伊東祐兵と島津豊久は肩を並べることとなった。
一方は家を失い、流浪の末に再興を果たした熟練の将。
一方は父を亡くし、若き身で家督を継いだ新鋭の武者。
その年齢も境遇も異なる二人だが
日向を背負う覚悟は同じであった。
名護屋の海を渡りゆく軍船の上で、二人の武士は誓いを交わす。
「必ず生きて帰り、日向に武名を伝えよう」
やがて朝鮮の地で、数多の戦が彼らを待ち受ける。
だがこの時、祐兵と豊久の絆は確かに結ばれ
日向の武の魂が異国の戦場へと渡っていった。




