第六話 縁結ぶ夜灯り
元亀元年(1570年)仲秋の頃。
飫肥城下では、収穫祭が催され、町は祝祭の色に染まっていた。
虎熊丸は十一歳となり、若き城主として政務に励む日々を送っていた。
そんな中、故兄・義益の娘である阿虎が城へ遣わされるとの知らせが届く。
夕刻の城門前。
城主を迎えるために設えられた式台の上に、華やかな行列が近づいてきた。
阿虎は、兄の娘としての格式を示しながらも、柔らかな立ち居振る舞いで周囲を和ませる。
侍女たちに支えられ、小袖に淡い紅色の縫取りを施した姿は、控えめでありながらも気品に満ちている。
「殿下、あちらに阿虎様でございます」
家臣・米良重方が静かに示す。
虎熊丸は馬上からそっと身を乗り出し、姪を静かに見据えた。
行列が停まり、阿虎は一歩ずつ式台へと進み出る。
「伊東家の主、虎熊丸様。兄・義益に代わり、日頃の感謝とともに今年の新米をお届けいたします」
手にした籾枡には、光を受けて銀白に輝く新米が満たされていた。
虎熊丸はゆっくりと馬を降り、阿虎に向き直る。
「阿虎、お前が兄の子としてここに来てくれたこと、心強く思う」
阿虎は深く一礼し、籾枡を差し出した。
「虎熊丸様。兄の遺志を継ぎ、この地の民を大切に思う気持ちは、わたくしも同じでございます」
その声には確かな芯があり、虎熊丸の胸に響いた。
城内の広間。
祭囃子の余韻が残る中、二人は向かい合う。
虎熊丸は手にした新米をそっとすくい、味わうように頬張った。
「兄上が大切にしていた米の味だ。これを守る責任は、わたしにもわかっている」
阿虎は微笑み、静かに頷いた。
宵闇に灯る行灯の下、二つの影が並ぶ。
風に揺れる提灯の揺らめきが、二人の顔を優しく照らす。
「阿虎、お前はこれからも伊東家を支えてくれ」
「はい、虎熊丸様。兄上の想いを胸に、この地の平穏を守ることをお誓いします」
虎熊丸はそっと手を差し伸べる。阿虎は躊躇なくその手を取り、二人の指が重なった。
月光の下、城壁に灯る行灯の光を背に、二人は静かに誓いを立てる。