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第五十七話 薩摩への疾風

天正十五年四月


豊臣秀吉とよとみ ひでよしの進軍は驚異的な速さで南九州へ迫っていた。


四月二十五日には肥後佐敷ひご さしき、翌二十六日には水俣みなまたを落とし


さらに二十七日には薩摩の地へ足を踏み入れる。


島津方にとっては予想を大きく超えた展開であった。


出水城主・島津忠辰しまづ ただとき、宮之城主・島津忠長しまづ ただながが次々に降伏し


薩摩防衛線は瞬く間に揺らいだ。


伊東祐兵いとう すけたかも先鋒の進軍に加わり


黒田官兵衛くろだ かんべえと共に陣を進める。


「この速さ……殿は島津を一気に呑み込むおつもりだ」


と官兵衛がつぶやくと、祐兵(すけたか)は頷いた。


かつて日向で苦杯を舐めた伊東にとって、これは運命を覆す瞬間でもあった。




海路では小西行長こにし ゆきなが脇坂安治わきさか やすはる九鬼嘉隆くき よしたか加藤嘉明かとう よしあきらが


二十四日に出水へ上陸、翌二十五日には川内せんだいに入った。


さらに秀吉は本願寺顕如ほんがんじ けんにょを伴い、一向宗の力を利用する策を講じる。


獅子島ししじまの門徒はこの呼びかけに応じ


島津方の意表を突く形で豊臣軍は各地から包囲を狭めていった。


「信仰までも軍の力とするとは……」


祐兵(すけたか)はこの策に目を見張った。


「人の心を掌握することこそ、殿が天下を治める道よ」


官兵衛は笑みを浮かべた。


薩摩の城々は次々と落ち、あるいは降伏し


豊臣軍の旗は南へ南へと翻っていった。




だが薩摩最後の抵抗は平佐城ひらさじょうで起こった。


四月二十八日、小西・脇坂・九鬼らの連合軍は城を攻め立てる。


城主・桂忠詮かつら ただあきらは必死の抵抗を見せ


井穴口を守る原田帯刀はらだ たてわきは弓を引き絞り


小出大隅守(こいでおおすみのかみ)の弟・九鬼八郎を射落とした。


その矢は敵の士気を一瞬にして揺さぶる。


さらに城内の女や子どもまでもが石を投げ、水を運び、男たちと共に戦った。


祐兵(すけたか)も攻め口に立ち、槍を振るって兵を導くが


その凄絶な光景に胸を打たれる。


「この地を守らんとする想い……かつての我らと同じだ」


彼の脳裏に日向の落城の記憶がよみがえった。




戦は熾烈を極め、双方ともに大きな犠牲を出した。


だが数の上で圧倒する豊臣軍に抗しきれるものではなく


平佐城もついに力尽きた。


これが島津方の最後の抵抗となり、薩摩全土は事実上豊臣の掌中に収まった。


「ここまで来たか……伊東再興の道も、ついに眼前に広がる」


戦場を見下ろし、祐兵は静かに槍を収めた。


「されど、戦の先には治める責が待つ。殿はそれを祐兵(すけたか)殿に学ばせておられるのだろう」


官兵衛はその横で語った。


薩摩の空には夏を告げる風が吹き


豊臣の天下が九州に鳴り響く時代の到来を告げていた。

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