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第五十六話 秋月の降伏

天正十五年三月


豊臣秀吉とよとみ ひでよし赤間関あかまがせきで弟・秀長ひでながと軍議を交わしたのち


船で九州へ渡り、筑前に進軍した。


小倉城に入ったのち、豊前馬ヶぶぜん うまがたけへ布陣。


ここから秋月種実あきづき たねざねが拠る古処山城こしょやまじょう


そして堅城として名高い岩石城がんじゃくじょうを攻めることが決まった。


軍議の場で、秀吉は細川忠興ほそかわ ただおき中川秀政なかがわ ひでまさらに古処山城を命じようとしたが


蒲生氏郷がもう うじさと前田利長まえだ としながが強く岩石城攻めを主張。


かくして豊臣秀勝とよとみ ひでかつを総大将とする大軍が


難攻不落の岩石城に迫ることとなった。




四月一日、兵の足音が(とどろ)き、岩石城攻撃が開始された。


大手口からは蒲生氏郷隊が、搦手口(からめてぐち)からは前田利長隊が突撃。


祐兵すけたか黒田官兵衛くろだ かんべえの軍に属し、攻城戦の一角を担った。


岩石城は周囲を断崖と深い谷に囲まれ、三千の兵が守る堅城であったが


豊臣勢は数をもって一気呵成に攻め立てた。


石垣をよじ登り、矢玉の雨を掻い潜りながら兵がなだれ込む。


祐兵(すけたか)もまた槍を振るって味方を導き、血煙の中を突き進んだ。


日暮れには城は炎に包まれ、三千の兵のうち四百余が討ち死に。


岩石城はわずか一日で陥落し、豊臣軍の威勢は戦場全体を震撼させた。




その様子を益富城ますとみじょうから見ていた秋月種実は、敗色濃厚と悟り


城を破却して本拠古処山城(こしょさんじょう)へ撤退した。


しかし秀吉は即座に五万の軍勢を古処山城に差し向け


農民に松明を持たせて夜を照らし


あたかも十万の兵が取り囲んだかのように演出した。


さらに益富城の石垣は奉書紙(ほうしょし)を貼り合わせて


一夜で改修したように見せかける策まで用いた。


祐兵はその様子を見て息を呑んだ。


「殿の軍略……恐るべし」


隣の官兵衛は静かに笑んだ。


「戦は刀槍のみならず、人の心を制するもの。秋月はすでに勝てぬと悟りましょう」


祐兵(すけたか)は秀吉の策の凄さに、胸を高鳴らせた。




四月三日、秋月種実あきづき たねざねはついに剃髪し、子・種長たねながとともに降伏。


茶器「楢柴肩衝ならしばかたつき」と「国俊の刀」、さらに娘・竜子りゅうしを差し出した。


岩石城が一日で落ち、秋月がわずか三日にして屈服したことは


戦場に大きな衝撃を与えた。


以後、島津方に属していた在地勢力は次々と戦わずして秀吉に帰順。


祐兵はその潮流を見て思う。


「この大軍の勢い……もはや島津といえど(こう)し得まい。やがて日向の地にも春が訪れるはず」


秀吉の進軍はさらに南へ、筑後・肥後を経て薩摩へと続く。


伊東再興の道もまた、確実に(ひら)かれつつあった。

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