第五十五話 根白坂の激闘
天正十五年、四月十七日。
高城が孤立したと聞き
島津義久・義弘・家久の三兄弟は、二万の大軍を率いて救援に向かった。
豊臣方の根白坂には宮部継潤を中心に一万の兵が籠り
空堀や板塀を重ねた防御を築いていたが
その陣は逆に島津勢に取り巻かれる危険にさらされていた。
日向国に入った伊東祐兵もまた
この陣営の一翼を担い、旧臣たちを従えて戦支度を進めていた。
彼にとっては、故郷の地での決戦。
胸の内には
『この戦いこそ伊東家再興の礎にせん』
という固い誓いが燃え盛っていた。
やがて島津軍は怒涛の勢いで攻め寄せた。
轟音と共に矢が降り注ぎ、兵の足音が大地を震わせる。
宮部継潤の指揮の下、砦の兵は必死に堪え
祐兵も槍を振るって旧臣と共に最前線を支えた。
黒田官兵衛、藤堂高虎、小早川隆景らも後詰として駆けつけ
戦は『根白坂の戦い』として後世に名を残す激闘へと広がった。
祐兵は官兵衛の姿を見て胸が熱くなる。
「官兵衛殿、必ずやここを守り抜きましょうぞ!」
叫ぶと、返る声は冷静にして力強かった。
「祐兵殿、この地を死守せねば、日向に未来はない!」
戦は長引き、島津軍の猛攻はなお止まぬ。
だが豊臣方の布陣は崩れず、ついに島津方は焦燥を募らせた。
激戦のさなか、島津忠隣が討たれ、島津軍の士気は大きく揺らぐ。
祐兵は血に濡れた槍を振り払い、味方を鼓舞する。
「怯むな! ここで退けば、日向を失うぞ!」
その声に呼応するように伊東旧臣らも奮戦し、砦を守り抜いた。
島津勢は幾度も突撃を試みたが、板塀を突破することは叶わず
やがて大軍の波は後退を余儀なくされた。
戦場に立ち込める煙と血の匂いの中、祐兵はついに勝機を感じ取った。
敗北を悟った島津義久・義弘は都於郡城に退き、家久も佐土原城へ兵を引いた。
豊臣の陣営には勝利の歓声が響き渡る。
宮部継潤の巧みな指揮は秀吉に「今にはじめぬ巧者ものなり」と称賛され
豊臣の九州平定の足場はさらに盤石となった。
祐兵は荒れ果てた戦場に立ち尽くし、深く息を吐いた。
仲間の犠牲は大きかったが
伊東の名を日向の大地に示せたことに心は震えていた。
「ここからだ……伊東再興は、必ずや」
祐兵は亡き義祐の面影を思い浮かべ、再び槍を握りしめた。
戦はなお続く――だが勝利の兆しは、確かに見えていた。




