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第五十三話 戸次川の悲報

天正十四年師走のある日


伊東祐兵いとう すけたかの陣所に三部快永さんべ かいえい河野九郎太こうの くろうたが戻ってきた。


二人は数ヶ月にわたり博多や豊後の情勢を探り歩き


その足取りには疲労が色濃く刻まれていた。


快永が懐から巻物を取り出す。


祐兵(すけたか)様、豊後で起こった合戦の報せにございます。鶴賀城(つるがじょう)をめぐり、島津家久しまづ いえひさが攻勢を強め、ついに戸次川へつぎがわで大戦が……」


祐兵(すけたか)の顔が緊張に強張った。


四国勢と共に仙石秀久(せんごく ひでひさ)も出陣していると聞いていたからである。


伊東家と縁深き大友氏


その運命を左右する戦の行方が、いま眼前に迫ろうとしていた。




さらに日を置かず、黒田官兵衛くろだ かんべえもまた祐兵(すけたか)を訪れた。


官兵衛は淡々と事実を告げる。


利光宗魚としみつ そうぎょ、奮戦の末に矢に倒れた。鶴賀城は落城寸前、これを救うべく四国勢が動いたのだが……仙石秀久せんごく ひでひさが制止を聞かず、戸次川を強行して渡った。島津勢は身を伏せ、渡河を終えたところで急襲したという」


祐兵(すけたか)は息を呑む。


長宗我部元親ちょうそがべ もとちかの嫡子・信親のぶちか殿、さらに十河存保そごう まさやす殿は奮戦するも討死……二千余の兵が失われた」


官兵衛の表情には深い悔恨が滲んでいた。


「仙石殿は…?」


祐兵(すけたか)は低い声で尋ねた。


「仙石はわからん…軍監が諸侯を置いて、敗走するは前代未聞。生き延びたとして、処罰は免れぬ」


官兵衛は怒りと悔しさが入り混じった表情で答えた。



祐兵(すけたか)は両の拳を握りしめた。


九郎太が震える声で続ける。


「博多では、豊臣方の敗北に人々がざわついております。しかし……多くはこう申しておりました。『秀吉公ご自身が九州に来れば、島津も必ず屈するであろう』と」


祐兵(すけたか)は頷き、巻物の内容を改めて見つめた。


そこには敗戦の報だけでなく


官兵衛が事前に行った『調略』の記録も記されていた。


完全な寝返りは少なくとも、『いざ秀吉公が来れば島津を見限る者も出る』と。


これはまさしく官兵衛の仕掛けた布石であった。




夜、祐兵(すけたか)は灯火の下で筆を執った。


快永と九郎太の報せ、そして官兵衛の言葉をまとめ


次なる戦局を読み解くためである。


「今は敗戦に見えても、秀吉公の大軍が来れば情勢は一変する。その時こそ、我らが力を示す刻だ」


紙面にそう書き記すと、祐兵(すけたか)は深く息を吐いた。


悲報の中にも、未来への道筋は潜んでいる。


匿ってくれた縁を持つ大友家を救うためにも


そして伊東の名を再び九州に轟かせるためにも——


夜更けの帳の中、祐兵の決意はなお揺らぐことなく燃えていた。

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