第五十二話 命乞いの仲介
天正十四年
冬の気配が濃くなる中、九州征伐の軍勢は香春岳城を包囲した。
高橋元種の籠るこの城は
断崖と岩壁に守られ、幾度も攻め寄せるも落とせぬ堅城であった。
だが日を重ねるごとに攻め手は城を削り、十二月四日にはついに一の丸を制圧。
さらに二十二日には城の命脈ともいえる水手を押さえ、陥落はもはや目前となった。
包囲網の陣中で、伊東祐兵は深く息を吐き、思案する。
敵はもはや持ちこたえられまい——だが、血で終わることが最良か
祐兵の胸中には別の思いが芽生えていた。
城中では飢えと渇きにあえぐ声が絶えず
ついに元種は森壱岐守を通じて命乞いを試みたという報がもたらされた。
その知らせを聞いた祐兵は、官兵衛の陣を訪ね、真摯に口を開いた。
「官兵衛殿、元種は敵とはいえ、勇将にございます。討ち果たすのではなく、一命をお赦しくだされば、秀吉公の威徳を天下に示すことになりましょう」
官兵衛は静かに祐兵の顔を見つめる。
「祐兵、汝は武のみにあらず、仁の道を思うか。なるほど、その言葉には理がある」
官兵衛の声は低く、しかし温かみを帯びていた。
やがて祐兵の進言は受け入れられ、官兵衛は和議の橋渡しを担うことを決断する。
軍議においても
「高橋を斬らず降すは、戦に勝りて徳を取るもの」
と評され、秀吉の方針にも合致するとの結論に至った。
森壱岐守が城中に入り、条件を伝えると、元種は涙ながらにこれを受け入れた。
香春岳城は静かに開門され、元種は人質を差し出して降伏した。
兵らは剣を交えることなく戦を終えたのである。
祐兵はその光景を見つめ、己の胸に去来する思いを噛みしめた。
剣ではなく言葉で命を救えたこと、それはまた新たな戦の形を示していた。
やがて森壱岐守が城番を務めることとなり
香春岳城は秀吉の大軍の手に落ち着いた。
元種も一命を赦され、その家は細々ながらも存続を許された。
陣営に戻る途上、祐兵は官兵衛の言葉を思い返す。
「戦に仁を加えよ。それが汝の強さとなろう」
祐兵は天を仰ぎ、胸の奥で固く誓った。
伊東の再興はただ刀の力のみにあらず。
仁と義をもって、人と地を繋ぎ、未来を切り開くのだ——
夜空の下、吐く息は白く、祐兵の瞳は澄んだ光を宿していた。




