第四十八話 九州の兆し
天正十四年、三月。
大坂城の広間には、諸大名が次々に参集していた。
秀吉は島津氏の使者・鎌田政近を呼び入れると
厳然とした声で告げた。
「島津は占領した領地のほとんどを大友氏に返還せよ。これが国分の道理じゃ」
使者は顔色を変えつつも頭を下げたが
その瞳の奥には不満と憤怒が隠されていた。
祐兵はその場に連なり、息を呑む。
日向を蹂躙した島津への裁きが、ついに動き出そうとしている。
だが、この交渉が容易に収まるとは思えなかった。
九州の空気は、もはや戦火の前触れを孕んでいた。
四月、秀吉は毛利輝元へと使者を送り
『九州征伐に備え、人員・城郭・兵糧を整えよ』と命じた。
西国の雄をも巻き込む大遠征の準備は、急速に広がっていく。
さらに仙石秀久と長宗我部元親に命じ
豊後へ赴き大友氏に加勢させた。
祐兵はその知らせを受けると、胸の奥に熱を感じた。
「ついに、この時が……」
官兵衛からの書状にも
「殿下は九州を討つ覚悟を定められた」
とあり、祐兵は机を強く叩いた。
阿虎の方が心配そうに見つめる中
祐兵の瞳はふるさとの山々を見据えていた。
八月、秀吉は大友宗麟・義統父子
そして立花宗茂に次々と書状を送り
黒田勘兵衛や宮木豊盛の豊前出陣を告げた。
豊後・豊前に兵が集い、九州全土を揺るがす大戦の兆しは
もはや誰の目にも明らかであった。
祐兵は庭に立ち、故郷を思いながら独り呟いた。
「日向を追われたあの日から幾年……今こそ我らが帰る時ぞ」
幼き日の砂浜、父・義祐の面影
そして共に血を分け合った家臣の顔が脳裏を過った。
祐兵は刀の柄を強く握りしめ、血が滲むほどであった。
秋風が吹き始める頃
堺の町も九州征伐の噂で持ちきりとなった。
「殿下は十万を動かされるらしい」
「島津もいよいよ追い詰められようぞ」
町人たちの声に祐兵は耳を澄ませ、心を決めた。
黒田官兵衛も四国から戻り
再び秀吉の側で策を練っていると聞く。
祐兵は阿虎の方に向かい、静かに言葉を放った。
「いずれ秀吉様が九州に進まれる。その時こそ、伊東の旗を再び日向に翻すのだ」
阿虎は頷き、ただその背を見守った。
夜空には冴え渡る星が瞬いていた。
祐兵の心は、九州の地平へと飛んでいた。




