第四十二話 父子の果て
賤ヶ岳の戦いの功により、羽柴秀吉は将たちへ恩賞を分け与えた。
伊東祐兵には、河内国丹南郡半田村に五百石が宛てがわれる。
日向を追われて幾星霜、ようやく伊東の名が再び日の下に掲げられた。
「この五百石は、再興への礎……必ず守り抜く」
祐兵は胸に刻んだ。
だが一方、父・伊東義祐は播磨に留まり、祐兵の仕官を見届けたのち
従者・黒木宗右衛門と共に西国を流浪していた。
周防山口に旧臣を頼ったものの、やがて従者を遠ざけ
ただ一人で彷徨い続けるのであった。
齢七十を超えた義祐の身は病に蝕まれ
もはや歩くことさえ難しくなっていた。
舟に揺られながら彼が目指したのは、堺の地――祐兵の屋敷であった。
せめて子の顔を見て逝きたい、ただその一念である。
だが旅は過酷で、やがて便船の船頭に「厄介者」として砂浜に打ち捨てられた。
打ち寄せる波の音を聞きながら、義祐は虚ろな眼で空を仰ぐ。
「ここまで……か」
日向の栄光も、九州を揺るがせた権勢も、すべては遠い幻。
老いた身はただひとり、海辺の砂に横たわるのみであった。
そのとき、偶然にも祐兵の妻・阿虎の方が従者を連れ、その浜を通りかかった。
目に入ったのは、憔悴し果てた一人の老人――義父・義祐の姿であった。
「これは……御父上!」
阿虎の叫びに人々が駆け寄り、義祐を堺の屋敷へと運び入れる。
枕辺に座した祐兵は、妻と共に父の手を握り締めた。
「父上、どうかお力を……もう一度、日向の空を共に仰ぎとうございます」
義祐は微笑を浮かべ、掠れた声で答えた。
「祐兵……阿虎……おぬしらに未来を託す。わしの夢は、その胸に残した……」
その一言に、祐兵と阿虎の瞳は涙で潤んだ。
天正十二年、伊東義祐は七十三歳にて、その波乱の生涯を閉じた。
三位入道と呼ばれ、日向伊東氏の最盛期を築いた男は
最期、流浪の末に砂浜へ捨て置かれたものの
子と嫁に看取られるという、思いも寄らぬ安らぎの中であった。
祐兵は葬儀を手厚く営み、亡き父の魂に誓う。
「父上……必ずや伊東の旗を再び日向に立てましょう。それこそが御魂を慰める道にございます」
夕暮れの堺に鐘の音が響き
阿虎はその横顔を見つめながら胸中で祈った――この夫に、必ず未来を掴ませたいと。
こうして父子二代にわたる想いは、伊東再興の炎として祐兵の胸に宿り続けた。




