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第四十話 美濃大返し

天正十一年、四月二十日。


賤ヶ岳(しずがたけ)の砦を守る桑山重晴くわやま しげはる


羽柴軍の味方の崩れを見て劣勢と判断し、ついに撤退を開始した。


戦場に残された兵たちは次第に士気を失い


砦はもはや勝家勢の佐久間盛政さくま もりまさの手に落ちるのも時間の問題と誰もが思った。


その頃、琵琶湖を渡っていた丹羽長秀にわ ながひでの軍船が白波を切って進んでいた。


「ここで坂本に戻るべき」と(いさ)める家臣もいたが、長秀はきっぱりと断じた。


「今を逃せば、羽柴の旗は地に堕ちる。進め!」


その決断が、戦場の行方を大きく変えることになるとは


まだ誰も予期してはいなかった。




長秀は二千の兵を率い、坂本ではなく海津へと上陸を果たす。


上陸の直後


撤退の途にあった桑山勢と鉢合わせした長秀軍は、思わぬ幸運に膝を打った。


二つの軍勢が手を取り合うように合流し、そのまま賤ヶ岳へ反転する。


(とき)の声は山々に響き、盛政軍を逆に包み込む勢いとなった。


劣勢に傾いていた羽柴方は一転、砦を確保することに成功する。


伊東祐兵いとう すけたかも安堵の息を吐き


黒田官兵衛くろだ かんべえ(ささや)いた。


「長秀殿、天の時を掴まれたか……」


官兵衛は頷きながらも鋭い目を細める。


「されど真の勝敗は、まだこれからよ。殿が動かれる時こそ、戦の帰趨(きすう)が定まる」




同じ日、大垣城おおがきじょうにいた秀吉は


大岩山の落城と中川清秀なかがわ きよひでの討死の報を受けると、即座に軍を返すことを決断する。


「全軍、木ノ本へ戻るぞ!」


その声とともに旗指物(はたさしもの)がひるがえり、羽柴軍は一斉に動き出した。


大垣から木ノ本まで十三里


五十二キロの道のりを、わずか五時間で踏破する。


美濃大返(みのおおがえ)し」と呼ばれる驚異の行軍であった。


祐兵(すけたか)も泥と汗にまみれながら進み続けた。


(これこそ殿の胆力……いや、人を動かす力か)


夕刻、木ノ本に到達した軍勢は整然と布陣を整え、柴田軍との最終決戦に備えた。




翌未明、盛政は羽柴の大軍に強襲される。


必死に奮闘し、容易には崩れなかったが


秀吉は戦機を見抜き、矛先を盛政の弟・柴田勝政しばた かつまさへと向けた。


「勝政を討て! 盛政はいずれ動く!」


予想通り、勝政救援のため盛政が前に出て両軍は激突する。


戦場では加藤清正かとう きよまさ福島正則ふくしま まさのりら若き勇将が槍を振るい


後に「賤ヶ岳七本槍しずがたけしちほんやり」と称えられる活躍を見せた。


祐兵(すけたか)はその奮戦を横目に、己も槍を握り直す。


「伊東の名を刻むのは、今この刹那しかない」


戦場を駆け抜ける祐兵の姿に、官兵衛は低く(つぶや)いた。


「殿の天下に、この男の未来も懸かっておる」


やがて戦の潮流は、決定的に羽柴方へと傾いてゆくのだった。

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