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第三十六話 降伏の連鎖

天正十年、十二月二日。


冬の冷気が琵琶湖の湖面を覆うころ


羽柴秀吉はしば ひでよしはついに近江へと大軍を差し向けた。


背後の不安を断つため


山陰には宮部継潤みやべ けいじゅんを、山陽には蜂須賀正勝はちすか まさかつを配し、周到に布石を打つ。


進軍の先頭に立つ伊東祐兵いとう すけたかは、その統率の緻密さに感嘆を禁じ得なかった。


「まるで奔流のごとし……」


(かたわ)らの黒田官兵衛くろだ かんべえは冷ややかな笑みを浮かべた


「秀吉様は戦場を川と見立て、流れを操ることで敵を呑み込むお方。勝家かついえ殿の如き猛将といえど、この流れをせき止めることは叶わぬでしょう」


祐兵(すけたか)は深く頷き、己もまたその奔流の一滴として運命を共にする覚悟を固めるのだった。




やがて軍勢は長浜城を囲む。


城将は柴田勝家の養子、柴田勝豊しばた かつとよ


しかし時は十二月、北陸は雪に閉ざされ、勝家本隊は援軍を送ることができない。


降雪に阻まれた後詰の望みはなく、城内には不安と動揺が広がっていた。


秀吉は城を力攻めするより


日々圧力をかけ続け、兵糧の道を断ち、静かに相手の心を削っていく。


数日のうちに勝豊は降伏を決断、長浜は羽柴軍の手に落ちた。


血を大きく流さぬまま城を得たこの戦に、祐兵(すけたか)は唇を噛みしめた。


「これぞ秀吉様の真骨頂……」


官兵衛は目を細め、(ささや)いた。


「戦わずして勝つ、それこそ至高の戦略。今の羽柴軍には勢いがある。もはや勝豊のように従うしか道は残されまい」




長浜を制した秀吉はその勢いのまま、美濃へ進軍した。


稲葉一鉄いなば いってつら有力な国衆は、いちはやく人質を差し出し、羽柴への服従を示した。


祐兵(すけたか)はその動きを見て、胸中に去来する思いを抑えきれなかった。


かつて日向伊東家が島津の大軍に「押し潰された」日の記憶……


抵抗することさえ無意味と悟った人々の姿が、眼前の光景と重なったのだ。


しかし今、自分は逆にその「押し潰す側」に立っている。


槍を握る手に自然と力が込められた。


(これが天下の大勢というものか。ならば、この流れに乗り、伊東再興の旗を立てるまでよ……)


祐兵(すけたか)は決意を新たにし、静かに息を吐いた。


官兵衛が横目でそれを見やり、口元に微笑みを浮かべた。




そして十二月二十日、岐阜城の織田信孝おだ のぶたかは、孤立を悟り降伏を申し出た。


清洲会議で一時は後継を担ったはずの信孝までもが


秀吉の前に膝を屈することとなったのである。


祐兵(すけたか)はその報を聞き、胸の奥でひそかに震えを覚えた。


(織田一族さえ屈せしめる……この人こそ、乱世を収める器よ。そして我らの再興もまた、この御方に懸かっている)


冬空の下、遠くに広がる雪山を見上げ、祐兵(すけたか)は己の槍を胸に抱きしめた。


吹きつける寒風の中でも、心の内には熱き炎が燃え盛っていた。


次なる戦い――


賤ヶ岳(しずがたけ)の地で、歴史を決する一大激突が迫っていたのである。

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