第三十三話 清洲の誓い
天正十年、六月二十七日。
尾張・清洲城――その広間は、異様な熱気と緊張に包まれていた。
畳の上に正座するのは、織田家を支える四人の宿老――
柴田勝家、丹羽長秀、羽柴秀吉、池田恒興。
簾の隙間から射し込む夏の光が
彼らの顔を照らすたびに、その影は鋭く揺れ動いた。
「織田家の安寧、この誓紙にて守らん」
勝家の低い声が広間に響く。
四人は筆を取り、誓紙に名を連ねた。
その誓いは、織田信雄・信孝
そして徳川家康までも巻き込み、家中の統一を約束するもの。
しかし、表向きの結束の裏で、各々の胸中には己の野望が渦巻いていた。
勝家は武骨に腕を組み、長秀は一切の感情を見せぬまま状況を見極める。
恒興は口を開かず、秀吉は笑みを浮かべながらも
瞳の奥では獲物を狙う獣の光を放っていた。
一方、控えの間では
伊東祐兵と黒田官兵衛が向かい合っていた。
遠くから広間の声が微かに聞こえる。
「官兵衛殿、あの方々…いかが見える?」
祐兵が問う。
「勝家殿は義に厚き武人、長秀殿は調停に長けた知恵者、恒興殿は慎重で腹の底を見せぬ。
そして秀吉様――あのお方は、人心を掌握し、潮の流れを自らの方へと引き寄せる天才です」
官兵衛はゆるりと盃を回しながら答えた。
「日向再興を託すなら……」
祐兵の声が低くなる。
「秀吉様でしょうな。あのお方は勝つと見れば必ず手を差し伸べる。ただし、信を得るには、祐兵殿自身が戦場で力を示さねばなりませぬ」
官兵衛はその瞳を射抜くように見つめた。
その時、会議を終えた秀吉が廊下を進み、二人の前に立った。
光の中に現れたその姿は、戦国を制する者の風格を帯びている。
「祐兵、おぬしの働き、しかと見届けたぞ」
秀吉は笑みを浮かべながら言う。
「日向のこと、忘れはせぬ」
祐兵は深く頭を下げ、その一言を心に刻んだ。
山崎の戦で討ち取った首級と、この日の誓い――
二つの証が、彼の胸中でひとつの炎となって燃え上がる。
――日向再興、その日まで、決して歩みを止めぬ。




