第三十一話 抛鞘の槍
山崎の戦から一夜明けた宝積寺の本陣。
夜明けの霧がまだ戦場を覆い
血の匂いと湿った土の感触が兵の足にまとわりついていた。
疲労の色が濃い兵たちは、静かに朝の光を待っている。
張り詰めた空気の中、かすかに聞こえるのは鳥の鳴き声のみ。
羽柴秀吉は、諸将を前に戦功の評定を始める。
その場には伊東祐兵の姿もあった。
祐兵は、わずかに緊張した面持ちで秀吉を見つめていた。
「祐兵、前へ」
呼び出され、祐兵が一歩進み出る。
その足取りは、前日の激戦を物語るように、わずかに重い。
秀吉は脇に控えた黒田官兵衛から一振りの槍を受け取り、ゆっくりと祐兵の前に差し出した。
その槍は、日の光を浴びて鈍く光っている。
それは、まるで戦場の血を吸い込んだかのようだった。
「この槍は、金房兵衛尉政次《かなぶさ ひょうえのじょう まさつぐ》作、抛鞘の槍——。
そなたが討ち取った御牧景重の首級、その武功への恩賞である」
一瞬、戦場の光景が脳裏に蘇る。
あの激戦の記憶は、祐兵の心に深く刻まれていた。
泥と血煙の中、采配を振るう景重の姿を見つけたあの瞬間——
槍を繰り出し、互いの武器が火花を散らした鍔迫り合い。
渾身の突きが景重の胴を貫き、手応えと共に崩れ落ちた。
その首を掲げたときの鬨の声が、まだ耳の奥に響いている。
勝利の雄叫びは、味方の士気を大いに高めた。
その時、祐兵は自らの使命を改めて感じたのだ。
「身に余る光栄……必ずや、この槍で日向再興を果たしてご覧にいれます」
祐兵の答えに、秀吉は満足げに頷いた。
「そなたの働きは見事であった。日向の男の心意気、天下にも示せたわ」
その表情には、期待と信頼が込められている。
彼は、祐兵の忠誠心と実力を高く評価していた。
「殿、この槍はただの褒美にあらず。祐兵殿の志をさらに燃え立たせる炎でございましょう」
官兵衛が横から口を挟む。
その言葉には、祐兵への深い敬意が込められている。
祐兵は槍を握り締めた。
その手は、わずかに震えている。
その重量は鉄の重みだけではない。
戦場で奪い取った命、受けた恩義、そして再興への決意——全てがこの穂先に宿っている。
槍は、祐兵の決意を象徴するかのようだった。
それは、彼にとって単なる武器ではなく、魂の一部なのだ。
霧の向こうで太陽が昇り始める。
新しい一日が、静かに幕を開けようとしていた。
祐兵は静かに息を吐き、この新たな武器と共に
さらなる戦いの日々へと歩み出した。
その目は、未来を見据えている。
彼の心には、日向再興への強い決意が燃え盛っていた。




