第二十八話 天王山の幕開け
天正十年六月十二日――
山崎の地を流れる円明寺川(現・小泉川)を挟み
羽柴軍と明智軍は睨み合っていた。
羽柴方は前夜、摂津衆・中川清秀、高山右近が山崎の集落を押さえ、最前線に着陣。
右翼には池田恒興、天王山の麓には黒田孝高、羽柴秀長、神子田正治らが布陣し
秀吉の本陣はさらに後方、宝積寺に据えられた。
一方の明智方は、御坊塚に構える光秀の本陣を中心に
斎藤利三、阿閉貞征
河内衆、旧幕府衆らが横一線に防衛線を張り、狭い平地の出口を封じる。
左右には沼地が広がり
大軍が動ける道は天王山と湿地の間の細い隘路のみ――
まさに地形を活かした防御であった。
六月十三日、雨がしとしと降り、陣幕を濡らす。
祐兵は天王山麓の陣で
兜の庇から滴る雫を拭いながら川向こうの明智軍を見据えていた。
「祐兵様、地形が奴らを利しておりますな」
河崎祐長が呟く。
「されど、官兵衛殿は必ず突破口を見出す」
祐兵は静かに返した。
午後になり、突如、戦端は開かれた。
天王山の裾を横切り、高山隊の横へ布陣しようと動く中川隊。
その動きを見た伊勢貞興隊が
斎藤利三隊の右翼から猛然と襲い掛かったのだ。
矢が雨を裂き、鬨の声が湿った大地を震わせる。
「来たぞ!」
祐兵の声に、伊東勢が槍を構える。
伊勢隊の突撃に呼応して、斎藤隊も高山隊に攻撃を開始。
たちまち中川・高山の両隊は挟撃され、窮地に追い込まれる。
しかし、秀吉本隊から駆けつけた堀秀政の手勢が後詰として加わると、戦況は一変した。
黒田・秀長・神子田らが麓の陣を押し出し
さらに天王山中腹へ進む松田政近、並河易家の明智方を迎え撃つ。
「天王山を取るか取られるか——明日の行方はここで決まる」
官兵衛の声が祐兵の耳に届く。
その言葉に、祐兵は無言で頷き、濡れた手綱を握り直した。
雨は止む気配を見せず、しかし戦の火蓋は
すでに切って落とされていた。




