第二十六話 山崎前哨戦
天正十年、六月十二日——
富田に羽柴軍の将たちが続々と集結していた。
高松からの急行でまだ旅の埃をまとい
鎧の継ぎ目には汗と土がこびりついていたが
その目にはただ一つ、明智光秀討伐の決意が燃えていた。
秀吉は軍議の場で地図を広げ
京都への進軍路上に勢力を持つ摂津衆の動向を案じていた。
本能寺の変の報を受けた中川清秀から書状が届くや
即座に返したのは
「上様(信長)も殿様(信忠)も危難を逃れ、膳所におられる」
という虚報であった。
味方を引き込むための計略である。
やがて高山右近ら有力武将
さらに神戸信孝・丹羽長秀が四千の兵を率いて参陣し
羽柴軍は二万を超える大軍へと膨れ上がった。
秀吉は総大将を丹羽長秀に推したが
固辞され、名目上は信孝、実権は秀吉が握ることとなる。
黒田官兵衛が伊東祐兵に囁く。
「これぞ秀吉様の真骨頂。刀を抜かずとも人を従わせる術でございます」
祐兵は頷き
「ただの武辺者ではない。この方は人の心を掌に載せておる」と静かに呟いた。
作戦は明快だった。
決戦の地は山崎、その要衝・天王山を先に制すること。
秀吉は地図の一点を鋭く指し示す。
「ここを取った者が、この戦を、いや天下を制す! 全軍、心してかかれ!」
将兵の血がたぎる。祐兵は河崎祐長と目を合わせた。
日向再興の未来を握るのは、この一戦——そう信じ、胸中に炎が轟いた。
夜、陣中の焚き火が兵の鎧を赤く染める。
秀吉は笑顔で兵を励まし、恐怖ではなく期待を与える。
祐兵はその姿に感嘆し、心を固めた。
夜明け、太鼓が鳴り響き、羽柴軍が動き出す。
祐兵は馬上で天王山を仰ぎ見た。
あの頂を制した瞬間、戦は決まる——未来がそこにあった。




