第二十五話 中国大返し
天正十年(1582年)六月三日──。
備中高松城の包囲陣に
羽柴秀吉のもとへ一報が届いた。
「本能寺にて、織田信長公、討たれたと……!」
報せを受けた秀吉の表情は
まさに雷鳴を呑み込んだかの如く一変した。
その場に控えていた伊東祐兵も息を呑んだ。
「信長公が……?」
「明智光秀の謀反だ。備中に留まっておる場合ではない」
秀吉は即断した。
「和睦じゃ。毛利と和議を結ぶ」
祐兵は思わず声を漏らした。
「和議でございますか……されど、ここまで追い詰めた高松城を……」
「宗治は潔く死を選ぶだろう。武士の誉れよ。だが今は、信長公の仇を討たねばならん」
この時、黒田勘兵衛が進み出て進言した。
「殿のおっしゃるとおり、今は毛利と和し、光秀を討つべき時。
時機を逸すれば、明智に都を奪われましょう」
その言葉に秀吉は大きく頷いた。
「勘兵衛、お前はいつもながら見事な眼を持つ。おまえの慧眼にはいつも救われる」
六月四日、秀吉は堀尾吉晴・蜂須賀正勝を立会人に据え
清水宗治の切腹を検分。
その夜、備中の陣を引き払い、軍勢は一斉に撤収を開始した。
「この撤退、ただの退きではない……一刻を争う、逆賊討伐の行軍だ」
祐兵は馬にまたがり、河崎祐長に呼びかけた。
「祐長、皆を引き締めよ!行軍の速度は、命運を分けるぞ!」
軍は六日に沼、七日に姫路、十一日には尼崎へと到達。
この迅速な移動は「中国大返し」と後に呼ばれる、稀代の軍略となった。
主君を失いながらも、なおも天下を握らんとする男の策──
祐兵は、この二人に燃え上がる野望を見た。
「我らも、この奔流に呑まれるか、乗るか──覚悟を決めねばなるまい」




