第二十三話 秀吉との出会い、再起の道
天正九年(1581年)冬──。
伊予の道後に身を寄せ
窮乏の日々を耐えていた伊東祐兵一行。
そんなある日、修験者・三部快永が
播磨の姫路城の普請を
見物していたときのことである。
「そなた、日向の者か?」
そう声をかけてきた男がいた。
快永が頷くと、男は続けた。
「日向の伊東とは、伊藤ではなく、伊東家か?」
「左様。伊東義祐公の流れを汲む、祐兵様の主従でござる」
男はしばし黙し、やがて口元をほころばせた。
「拙者も、伊東。名を掃部助という。奇遇であるな」
伊東掃部助──。
播磨に仕え、羽柴秀吉に
黄母衣衆として重く用いられる武将の一人であった。
快永と掃部助は、互いの縁と伊東の名に導かれるように親交を結び
快永は祐兵の窮状を語った。
「日向を追われ、浪々の身……されど、志は未だ消えておらぬ」
その言葉に心を動かされた掃部助は
祐兵らの仕官の道を開こうと
羽柴秀吉に取り次ぐことを決意する。
そして天正十年(1582年)の正月。
播磨の地に、再び祐兵の足が降り立つ。
「ここが……再び戦う地か」
祐兵の傍らには
阿虎の方、河崎祐長、権助ら
あの日々を共にした家臣たちが寄り添っていた。
迎えに現れたのは、堂々たる姿の掃部助であった。
「祐兵殿、よくぞ来てくださった。羽柴様にお引き合わせ致す」
そして、ついに──
城の広間にて、羽柴秀吉が微笑みながら祐兵を迎える。
「おぬしが伊東祐兵か。よう来てくれた。日向の名門が苦境にあると聞き、心を痛めておった」
祐兵は床に膝をつき、深く頭を垂れる。
「我が名は、伊東義祐の三男、祐兵にございます。国を追われ、流浪の末に、この地まで参りました」
秀吉は立ち上がり、祐兵に近づくと、目を細めて言った。
「戦乱の世に、志を失わぬ者こそ、わしが求める武士よ。おぬしの忠義と気骨、しかと受け取った。これよりは、わしの旗下に加わってもらおう」
「はっ……この命、再び日向を照らす光となるよう、尽くす所存」
秀吉は頷き、祐兵の肩に手を置いた。
「まずは力を蓄えるがよい。時は来る。まもなく上様(信長様)が天下を一統されるであろう。
日向を取り戻す戦は、必ず訪れる」
こうして、伊東祐兵とその主従二十余名は
羽柴秀吉に仕官することとなった。
すなわち、織田信長の配下になるということでもあった。
長き放浪の果てに、ようやく得た再起の機会──
日向を奪われし武将が、今、新たな天下人の元で再び歩み出す。




