第十九話 根白坂の血戦
天正六年(1578年)十一月十二日、朝霧の中──。
根白坂の丘陵には
島津義久が率いる一万の軍が静かに陣を敷いていた。
耳を澄ませば、兵の息遣い、馬の蹄が土を踏む音。
だがそれらはすべて、嵐の前の静けさにすぎなかった。
その頃、大友方では軍議が紛糾していた。
「講和は臆病の証。ここで退けば、九州に大友の名は残らぬ!」
田北鎮周の怒号が陣中に響き渡る。
「だが、状況は我らに不利だ。慎重を期すべきだ」
佐伯宗天が反論するも
もはや誰の耳にも届かない。
田北の挑発により、宗天の怒りも頂点に達し、両者は決裂した。
そしてその決断は、大友軍にとって致命的な一手となる。
十一月十二日の朝、田北・佐伯両軍が先陣を切って
小丸川北岸に布陣する島津軍の前衛に突撃を仕掛けた。
北郷時久、北郷久盛らが応戦するも
激しい攻撃により討死。
「突き崩したぞ! 本隊に続け!」
勢いづいた大友軍は、小丸川を渡り島津本隊への攻撃を開始した。
だが、これこそが義久の狙いであった。
「征久、今だ──」
義久の号令と共に
伏兵を指揮する島津征久が森影から現れ
馬標を高々と掲げた。
「伏兵だと……!? しまった、包囲だ!」
島津義弘、島津歳久
伊集院忠棟らが一斉に動き、大友軍を挟撃する。
さらに高城から島津家久が出撃。
根白坂からは義久本隊も加わり、戦場は完全に島津方の支配下に置かれた。
「退け!全軍、退け!」
大友軍は態勢の立て直しを図るも、すでに退路は炎と血に染まっていた。
竹鳩ヶ淵へと逃れようとした佐伯宗天は
不運にも増水した淵で溺死。
「宗天殿! 宗天殿──!」
田北の部隊も壊滅し
川原、野久尾の陣地が島津軍に制圧されると、いよいよ本陣も崩壊。
混乱の中、大友軍は耳川へ向けて総退却を開始した。
「落ち着け! 川を渡れ! 押すな、溺れるぞ!」
兵たちの悲鳴がこだました。
だが、川を渡りきれず命を落とす者も多く
また渡河中に追撃してきた島津兵に討たれる者も後を絶たなかった。
この惨劇を目の当たりにした大友宗麟は
兵の再編成と体制立て直しのため
やむなく豊後への退却を決意する。
「この血に濡れた川を越えぬ限り、我が九州統一の夢は叶わぬか……」
宗麟は呟いた。
こうして耳川の合戦は、島津軍の大勝利に終わった。
日向の地は再び島津の手に落ち
伊東祐兵ら旧領復帰を目指す者たちにとっても
極めて厳しい現実が突き付けられることとなった。
それでも祐兵は
炎上した大地を遠くから見つめながら
拳を握りしめていた。
「まだ終わってはおらぬ。必ずや、この地に再び……伊東の旗を掲げてみせる」




