第十七話 落日の城、祈りの道
天正六年(1578年)──日向の空に、再び火の気配が満ちていた。
石ノ城。
それは、伊東家再起の象徴であり
南の空に浮かぶ最後の希望だった。
長倉祐政、山田宗昌らは
わずか六百の兵でこの要害を守っていた。
かつて島津忠長を退けたこの城も、今また重圧の下に置かれていた。
今度の敵は、島津の重鎮・征久率いる一万の大軍であった。
「十倍を超える敵……だが、ここで食い止めねば、北へ道を通すことになる」
宗昌の言葉に、祐政は頷く。
「この城は、信と誇りの砦だ。命ある限り守り抜く」
同年九月十九日──。
島津軍は、石ノ城の南と西の尾根筋に陣を敷き
昼夜を問わず矢と石を打ち込み、堀を埋め、壁を破った。
だが、伊東方の兵たちも必死だった。
「水は? 火矢は防げておるか!」
宗昌は戦場を走りながら、兵を鼓舞した。
「まだ、持ちこたえております! だが、援軍が来ぬ限り……」
その声に祐政が静かに言う。
「援軍は来ぬ。祐兵様は佐土原にて、民の守りを優先しておられる。ここは我らで守るしかない」
戦が長引く中、島津軍にはある知らせが届いた。
──将軍・足利義昭の御内書であった。
『大友を討て。毛利を封じるためにも、九州にて大友の力を削げ』
この命により、島津義久は御内書を大義名分とし
石ノ城攻撃をさらに強化する命を下した。
「ここを抜けば、日向北部は我らの手に落ちる」
島津征久は、これまで以上に攻撃を激化させた。
火矢が夜空を染め、太鼓と陣鐘が昼夜なく打ち鳴らされた。
同年九月二十九日。
祐政は天守から、燃えるような朝焼けを見ていた。
「……もう、限界か」
水も、矢も尽きかけていた。
宗昌が近づき、低く言う。
「皆、よく戦った。だが、これ以上は無意味な死を重ねるのみ」
祐政は無言で頷いた。
やがて、使者が城門を出た。
──命と引き換えに、城を明け渡す。
それが、伊東家家臣たちの最後の矜持だった。
夕刻、石ノ城は静かに開かれた。
島津軍の兵たちは、乱入せず整然と城に入った。
祐政と宗昌は、槍を下ろし、頭を垂れた。
「我らは、伊東の臣。最後まで信を捨てなかったこと、誇りに思う」
征久は彼らに敬意を表し、命を保証した。
そして、祐政と宗昌は僅かな供を連れ、豊後へと退去していった。
その夜、石ノ城に立った島津の将は呟いた。
「……あの城は、落ちたのではない。譲られたのだ」
遠く豊後の地にて。
祐兵は石ノ城落城の報せを受けた。
「そうか……祐政殿、宗昌殿……」
静かに目を閉じ、祈りを捧げる。
「お二人の信を、我が胸に刻みます。日向は、まだ終わってはおらぬ」
そう誓った祐兵の眼差しの先に、再び立ち上がる希望の光が宿っていた。




