表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/95

第十七話 落日の城、祈りの道 

天正六年(1578年)──日向ひゅうがの空に、再び火の気配が満ちていた。


石ノ城(いしのじょう)


それは、伊東いとう家再起の象徴であり


南の空に浮かぶ最後の希望だった。


長倉祐政(ながくら すけまさ)山田宗昌(やまだ むねまさ)らは


わずか六百の兵でこの要害(ようがい)を守っていた。


かつて島津忠長しまづ ただながを退けたこの城も、今また重圧の下に置かれていた。


今度の敵は、島津の重鎮・征久ゆきひさ率いる一万の大軍であった。


「十倍を超える敵……だが、ここで食い止めねば、北へ道を通すことになる」


宗昌(むねまさ)の言葉に、祐政(すけまさ)は頷く。


「この城は、信と誇りの砦だ。命ある限り守り抜く」




同年九月十九日──。


島津軍は、石ノ城の南と西の尾根筋に陣を敷き


昼夜を問わず矢と石を打ち込み、堀を埋め、壁を破った。


だが、伊東方の兵たちも必死だった。


「水は? 火矢は防げておるか!」


宗昌(むねまさ)は戦場を走りながら、兵を鼓舞した。


「まだ、持ちこたえております! だが、援軍が来ぬ限り……」


その声に祐政(すけまさ)が静かに言う。


「援軍は来ぬ。祐兵すけたか様は佐土原にて、民の守りを優先しておられる。ここは我らで守るしかない」




戦が長引く中、島津軍にはある知らせが届いた。


──将軍・足利義昭あしかが よしあきの御内書であった。


『大友を討て。毛利を封じるためにも、九州にて大友の力を削げ』


この命により、島津義久しまづ よしひさは御内書を大義名分とし


石ノ城攻撃をさらに強化する命を下した。


「ここを抜けば、日向北部は我らの手に落ちる」


島津征久(しまづ ゆきひさ)は、これまで以上に攻撃を激化させた。


火矢が夜空を染め、太鼓と陣鐘が昼夜なく打ち鳴らされた。




同年九月二十九日。


祐政は天守から、燃えるような朝焼けを見ていた。


「……もう、限界か」


水も、矢も尽きかけていた。


宗昌(むねまさ)が近づき、低く言う。


「皆、よく戦った。だが、これ以上は無意味な死を重ねるのみ」


祐政(すけまさ)は無言で頷いた。


やがて、使者が城門を出た。


──命と引き換えに、城を明け渡す。


それが、伊東家家臣たちの最後の矜持(きょうじ)だった。




夕刻、石ノ城は静かに開かれた。


島津軍の兵たちは、乱入せず整然と城に入った。


祐政(すけまさ)宗昌(むねまさ)は、槍を下ろし、頭を垂れた。


「我らは、伊東の臣。最後まで信を捨てなかったこと、誇りに思う」


征久(ゆきひさ)は彼らに敬意を表し、命を保証した。


そして、祐政(すけまさ)宗昌(むねまさ)は僅かな供を連れ、豊後(ぶんご)へと退去していった。




その夜、石ノ城に立った島津の将は(つぶや)いた。


「……あの城は、落ちたのではない。(まも)られたのだ」




遠く豊後の地にて。


祐兵すけたかは石ノ城落城の報せを受けた。


「そうか……祐政(すけまさ)殿、宗昌(むねまさ)殿……」


静かに目を閉じ、祈りを捧げる。


「お二人の信を、我が胸に刻みます。日向は、まだ終わってはおらぬ」


そう誓った祐兵(すけたか)の眼差しの先に、再び立ち上がる希望の光が宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ