第十五話 豊後の空、再起の誓い
天正五年(1577年)──。
命からがら豊後の地へと辿り着いた
伊東義祐とその一行。
大友宗麟の庇護を受け
臼杵の城下に仮住まいの地を得ると
伊東家は再興の道を模索し始める。
かつて佐土原の城主として
栄華を誇った義祐も、いまは一介の落人。
だがその目に映る光はまだ消えていなかった。
「我らは……まだ終わっておらぬ」
その言葉を最初に発したのは、長旅に疲れ果てた祐兵だった。
その夜、阿虎とともに臼杵の町を見下ろす丘に立ち
山間の月を見上げながら呟いた。
「民の顔が浮かぶ。飫肥の火祭り、都於郡の田植え……。あれは夢だったか」
阿虎は黙って、祐兵の隣に寄り添った。
「いいえ、夢ではありません。私たちは、確かにあの土地に生きていました。そして、また戻るのです」
義祐はかつての誤り──帰雲斎の専横を許したこと
落合兼朝を見限ったこと──を思い返し
臼杵の一室で幾度も筆を執っては折った。
そしてついに、一通の文を祐兵へ手渡した。
「これより先は、おぬしが伊東を導け。わしは、過ちの重さを背負うほかあるまい」
「父上……」
「わしが育てたのは、剣ではない。志を継ぐ者じゃ」
その言葉に、祐兵は深く頭を垂れた。
◇
その頃、豊後の地では新たな動きがあった。
大友宗麟は南蛮文化に強く傾倒しており
キリシタンの宣教師たちとの交流が活発だった。
伊東家もまた、その影響を受け始める。
伊東万千代──のちの伊東マンショ。
若干八歳にして異文化に触れ、やがて天正遣欧少年使節の一員となる彼も
祐兵と共に新たな価値観を目にしていた。
ある夜、田中国広が鍛冶場に火を入れていた。
吹雪の夜、万千代を背負い続けた寡黙な男は
いま刀ではなく鍛錬炉の火を見つめていた。
「お前は、何を思う」
祐兵が問うと、国広は無言で槌を振るい続けた。
だが、その瞳には確かな光が宿っていた。
「いつか……この手で、新しき世を斬る刃を鍛えたい。それが……あの夜の誓いです」
祐兵は、静かに頷いた。
臼杵の空は、青く、果てしない。
祐兵は山上の祠に立ち、両手を合わせた。
「日向よ、待っておれ。必ず戻る。そして……」
その先は、風に消えた。
だがその目には、再び立ち上がる者の炎が、静かに燃えていた。




