3話 基本魔法とはなんぞや.1
ミルンが少し、俺から距離を取っている事は残念だが、今は魔法をどう使うかだな。
頭を撫でた所為か、ミルンは御機嫌ななめになっちゃったし。
撫で心地抜群の、犬耳なのに。
「なあミルン」
「……なんですか?」
「さっき言っていた、魔法は使える人には使えるってヤツなんだけど。誰か使っている人、見た事あるのか?」
「ありますよ。村の人が、畑仕事をする際に、『飛んでけー』って種を飛ばしているのを、遠くから見た事があります」
「飛んでけ? えっ、飛んでけだけ?」
「そうです!」
魔法の話だからか、若干尻尾が揺れてるな。
触りたい……モフモフしたい。
じゃないっ、今は魔法だっ!!
「魔法はどうやったら使えるんだ……」
一本恵みの発毛剤のやつは詠唱。
いや、呪文かな?
それを唱えて、使ってるって言ってるし、効果は声の範囲内。
「農家さんは、意味不明過ぎるな……」
何だよ『飛んでけー』って。
種を何処まで飛ばす気なの?
範囲指定とかどうするの?
アバウト過ぎて、参考にならないっ!
そもそもだ……魔法は、属性魔法と固有魔法の二つに分けられるんだよな?
じゃあ俺の基本魔法はどっちなの?
というか、基本だから属性魔法なの?
いや、基本だからといって、イコール属性とは限らないか。
ということは固有魔法?
そもそも、何をもって、基本とするのかの定義が解らんし、基本って何っ!?
この異世界に来てから、何日過ぎた?
そもそも何で俺、ここに来たんだ?
どうやって?
「待て待てっ、考えを戻そう……」
ミルンの尻尾が揺れてるなぁ。
モフりたいな。
揺れてる揺れてる。
あー考え過ぎて、頭痛くなってきたなぁ。
もう面倒臭いな……うんっ!
面倒臭いと言うか、喉渇いたし水飲みたい。
水、飲みたあぁい。
「うぉーたー」
だらけた声で言ってみた。
ピチャッ────
うん。何も起きないよなぁ。
ピチャッピチャッ────
「何この音……雨か?」
俺が天井を見上げた瞬間、ボロ屋の屋根を突き抜けて、顔面目掛けて大量の水が滝の如く降って来た。
ズドッドドドドドドドド────「おぼぼぼぼぼぼぼばばばばばばぼぼっ!?」
「あぁ!?」
ドドドドドドドドドドド────「えほっぼぼぼぼももおもばぼろももばっ!」
「天井に穴が!」
何か、ミルンが凄い、唖然としている?
と言うかっ、いつ迄続くんだ水っ!?
「おぼばばばばは……?」
ちょっとキレ気味に念じたら、ピタッとおさまった? なんで? と言うか、全身水浸しのいい男なんですけど。
濡れ鼠じゃ無いからね?
「屋根がっ、天井がっ、穴っ……」
これはアレだ。
ミルンの住処が、不味い状態じゃね?
一度外にでて、小屋……じゃ無いな。ボロ屋の状態を確認してみる。
何かボロ屋から、更にグレードダウンして、もはや何で立ってるの? 一本の柱さんが、必死になって耐えてるだけじゃん。
「すまんミルン! その辺りの森から、木を切って直すから、ちょっとだけ時間をくれ!」
今日中には無理でも、資材を何処からか調達して、必ず直さないと、ミルンが御機嫌斜めになってモフれなくなってしまう!
だって今のミルンっ、犬耳がシュンっとしてて、尻尾が下がってるからね!
「グゥゥ…っ、分かりました。でもこれで、流さんが魔法が使えるって、判りましたね!」
こんな事があっても、冷めた目でも、やっぱりミルンは優しいな。
そして可愛いモフりたい。
「っ……これは不味いっ」
水に濡れ過ぎて、もはや俺に濡れていない箇所は無いという姿の為、マジで身体が冷えてきたというか、"小"が出そうだ。
「すまんミルン。直ぐ戻るから、ちょっと行ってくる」
股間を押さえ、猛アピールだ。
しっかり両手で押さえないと、耐え切れない程の尿意さんなんです。
「早く行って来てください!」
ミルンは顔を真っ赤にして、近くの森を指差したけど……トイレ無いもんね。
急ぎ森の手前まで走るっ!
腰に手を当て準備良しっ!
すかさず赤ジャージを下ろし、開放!!
「ふぃーでるでる」(下を向いている)
「……プギィ」
「あーまだでるでる」(下を向いている)
「プギィプギィ」
「あースッキリ」(下を向いている)
「プギィプギィプギィ」
「うんっ良し」(ジャージを上げて前を向く)
「……プギィ」
「嫌ああああああ覗きよおおおおおお!?」
「プギャアアアアアアアオヴァヴァッ!?」
俺の心からの叫びと、豚野郎(漢)の鳴き声がデュエットを奏で、辺りに心地よく、響き渡った。
相対距離約2メートル。
おーっと豚野郎(漢)選手、ゆっくりと斧を両手に持って、フルスイングの構えですね。
これまで幾つもの獲物を、それで討ち取ってきたのでしょう。
自信のある笑みが────「ニチャァッ」(涎)
それを物語っていますね。
えー対してこちらは、足がすくんでぷるぷる震えて、動けません!
これはまずい!
まずいぞ流選手!
このままでは、上下別売パーツになって、豚野郎に美味しく、モグモグされてしまう!!
豚野郎(漢)の斧が振られる。
スローモーション再生の様にゆっくりと。
走馬灯なんて、見る暇無いって。
これって間違い無く────「死ぬやん」
斧が振られ、俺の胴体を割った。
「流さんっ!!」────ドズンッ!!
かと思ったその時、背中に万力で押されたかの様な衝撃が走り、前方に飛ばされた。
前方には、スイング中の豚野郎(漢)。
勿論前に飛ばされた俺は、豚野郎に接近。
お互いの距離が、重なり合う瞬間、この世界で初めてとなる……奇跡。
オークもとい豚野郎(漢)と、人種もとい小々波流(男)との────『種族の壁を超えた接吻が、実現した』。
ピンポンパンポーン(上がり調)
レベルが1上がりました(誰得乙!!!)
ピンポンパンポーン(下がり調)
「流さん大丈夫ですか!?」
ミルンが慌てて近づいて来る。
「何とか、生きてるよ…」
何か、凄い衝撃で飛ばされて、豚野郎の顔面(涎付き)が急に目の前に現れて、衝突してそれから……それから?
それから、それから、それから、それから、それから、それから、それから、殺さねば!!
「ミルン、豚野郎(漢)はどうなった?」
「それならあそこで、頭押さえてふらついてますよ! 大きなお肉です!」
豚野郎(漢)が、殺意満々でこっちを睨み、叫びを上げている。
「オヴェ! プギャアアア! ゴギャアアア!」
「ははっ……アイツも同じ事を、思ってるのかね」
俺は、ミルンに支えられながら、何とか立ち上がり、何か生臭い息を吸い、今度はハッキリと、心を込めて唱えてみた。
「頼むぜ魔法っ!! うおおおおおおお──っ、たあああああああああ──っ!!」
さぁ、豚野郎。
お互いに、清らかな水で、身も心も洗い流そう。
今なら、顔面ダイレクトでも嫌がらないからね。顔を真上に準備完了だよ。
さぁ! 来るんだお水っ!!
水を待っていると、俺の少し前に、直径一センチ程の小さな水球が現れ、豚野郎(漢)の脳天目掛けて発射。
ブシュッ────「プギャッ」
「……はっ?」
何が起こったのか、理解出来無い。
とりあえず、呆然としているミルンの尻尾をモフっとして、汚れた自分のマウスを、尻尾で拭き拭き。
ミルン……豚野郎(漢)から目を離さないな。
獲物を見る目……そう言えばミルンはさっき、豚野郎(漢)をお肉って……んっ?




