5話 ミユンと一緒にぐるぐると.4
研究所所長、パナトーナとは。
王都のスラムで、物乞いや、娼婦の真似事をしながら生きて来た、逞しい女性である。
産まれも育ちも王都のスラム。
不自由な身ではあったが、歯を食いしばり、何とか生き抜いて来た。
スラム産まれの者は、他のスラムに住む者達からは、襲われない。
襲ってはいけない。
スラムの暗黙のルールで"あった"。
スラムのボス、ヤナギが消える迄は。
抑える者が居なくなれば、ルールなど意味を成さず、その場所に留まり、他のスラムの者達に、捕まってしまえば、弄ばれ、皮を剥がれ、骨すら残らないだろう。
だからこそ、王都から近く、スラムにでさえ噂が届く、ファンガーデンまで来た。
老齢のマッスルホースで、三日。
若いマッスルホースで、一日、二日。
普通に歩けば、七日。
老人でさえ、十日の距離。
パナトーナは、二十日かけて来た。
魔物に怯え、草を食べ、泥水を啜りながら。
ファンガーデンの検問は厳しく、正面からは入れなかったので、城壁をぐるっと外回り。
何とか見付けた穴から、無事侵入。
繁華街の店から、布や木板を拝借して、その裏手に、小さな寝床を作った。
そして、疲労による爆睡。
俺が寝顔を見ている事すら、気付かない程に、深く、深く、眠っていた。
「と言う事情から、ルシィの印象は、女王? 何それ? 贅沢三昧している、糞貴族でしょ? としか、思われていないんだ」
「流様。私的には、糞貴族では無く、肥え太ったオークだと思ってますよ」
「女王、太った?」
「っ……すまぬ」
研究所内に戻った俺とルシィは、パナトーナさんから距離を取りつつ、その生い立ちを、掻い摘んで、ルシィに聞かせた。
その結果、ルシィの顔が、真っ青です。
「謝られても、どうにもなりませんよ? だって私、不敬罪で死刑ですもんね?」
「儂の失言であった。先の言葉は、取り消そう」
「えっ、取り消すんですか? 何で? 女王が簡単にそんな事して、良いんですか?」
「……すまぬ」
パナトーナさん、容赦ねぇ……。
これ幸いと、ルシィに絡みまくって、今までの鬱憤を、晴らす気満々じゃん。
それでも、今日ルシィが、ここに来た趣旨と違うから、ここ迄にしないとな。
「さっきから、"すまぬ"しか言ってませんが、まさか他に言葉を知らない訳が『パナトーナさん、そこまでだ』っ、はーい」
俺の言う事は、素直に聞くんだよなぁ。
「ルシィ。こう言う人達が、王都にはまだ居る事を、踏まえた上でだ。ここで働く人達の声を、聞いてくれ」
女王自ら、声をかけ、その声を聞く。
彼等にだって、ルシィにだって、そんな機会など、無きに等しい事だ。
「っ、儂一人でかのぅ……」
「んな訳あるか。影さん、居るんだろ?」
「惨影なら居るっすよー?」
影さんを呼んだのに、ウザ子が来た。
「良しっ! チェンジでっ!」
「そん事言わずにっ、この惨影に任せて貰えば、皆んなを笑顔に出来るっす!」
否定出来ない事が悔しい。
確かにこの、影にあるまじきウザ子パワーならば、この施設の人達からしたら、明るくて良い子ポジションに、なるのかも知れない。
「……そんじゃ、パナトーナさん。ルシィとウザ子を連れて、施設をぐるっと宜しく」
「分かりました。惨影さん? すみませんが、後ろから押してくれますか」
「良いっすよっ! ほら陛下も、そんな暗い顔をしてたら、女王失格っすよーっ」
「ボソッ(そうじゃの……失格じゃの……)」
ギィッギィッと、嵐が去って行った。
いや、ルシィからしたら、嵐の中に突入して行く様な、モノだろうか。
「パパはやっぱり、鬼畜なの」
「鬼にもなるって。元凶が王都のスラムな訳だし、ルシィには、頑張って貰わないと」
「スラム撲滅?」
「それは無いな。断言するが、王都のスラムは絶対に、無くならない」
「なんで?」
王都スラムは、大きくなり過ぎた。
更に言えば、特権階級の貴族が多く居り、スラムを飯の種にしている奴が、必ず居るであろうから、スラムは無くならない。
「そんなの、ミユンは良く。知ってるだろ?」
「甘い汁を、吸い過ぎた?」
「大正解っ!」
だからこそ、ルシィにはこれを抑え、少しずつでも、スラムを縮小して貰わんと、周りに飛び火するからな。
「だからこその、テストケースとして、ここにルシィを連れて来たんだ。多少なりとも、参考にして貰わにゃな」
「流石パパっ。変な知識だけは、豊富なの」
「うん……それ、褒めてる?」
「褒めてるのっ」
「なーんか、むず痒い」
もし俺が、この異世界で産まれていたならば、こんな考えは出来なかっただろう。
「先達達に、感謝しないとな」
「感謝?」
「いや、何でも無い」
兎も角これで、一つの行事は完了だ。
「ルシィが終わるまで、俺達も、研究所内を回るか。面白い物が、沢山有るからな」
「面白い物っ。ミルンロボ?」
「アレはドーツの外装だろ……」
巨大な戦車に手脚とか、浪漫溢れる素敵ロボだけど、俺的にアレは無い。二足歩行ロボ作るなら、顔を戦車にしたら、駄目だと思うからだ。
戦車の上に、人型の顔さえ有れば、良かったと思うのに、残念仕様だわな。
「ほれミユン。行くぞーい」
「待ってパパっ。抱っこ! 抱っこしてっ!」
「へいへい。よいしょっ……」
「重いって言ったら、このまま殴りますっ」
そんな事言わないよ。
心の中で、思うだけだからね。




