7話 領主代行ミルンのお仕事.1
ファンガーデン、領主館の謁見の間。
石造りの床に、赤い絨毯が敷かれ、十五センチ程の段差の上には、黒革張りの見事な椅子。
その椅子に、もたれかかる様に座る者。
ファンガーデン領主代行、ミルンである。
『領主代行、ミルン様。お初お目にかかります。私は────』
『是非とも、我らに商いの許可を────』
『この様な場を、設けて頂き────』
「胡散臭いの。お帰り下さい」
「ドゥシャの管轄だから、却下なの」
「しつこいから会っただけ。ハウスなの」
お父さんが旅行に行って、早一月。
触るな危険の領主が、居ないと見るや、来るわ来るわ利権欲しさの腹黒達。
「お疲れ様です、ミルン御嬢様」
「毎日毎日謁見ばっかりなの。アトゥナ、午後の予定はどんな感じ?」
「午後は……マドノ男爵、ヒヨリム子爵が、挨拶に来られます。少し面倒臭いですね」
「他領の貴族なの。どうせまた、乗っ取ろうと考える、素晴らしきお馬鹿さん達なの」
お父さんとドゥシャ。この二人の影響力は凄まじく、理不尽なお父さんが、武力衝突の抑止力となり、商会を牛耳るドゥシャが居る限り、腹黒達は近付けない。
「分かり易く言うと、ミルンは舐められてるの」
だからこその、この謁見の数。
多い時だと、一日に十五件もの馬鹿が来るから、処理するのが大変です。
「実際は、流のおっさんより手強いのにな」
「アトゥナは分かってないの。舐められているこの状況は、ミルンにとって徳しか無いの」
「そうなんですか?」
「舐めてかかってくるから、対処が楽です」
特に、獣族を下に見る人達は、その傾向が強く有り、軽くジャブを打つと、暴言を浴びせて来るの。
領主代行に暴言。
普通に処罰の対象なの。
地下の牢屋で、一日一食ダイエットなの。
十年は出してあげない。
ギィィィッ────「ミルンや、お昼の時間ぢゃぞ。食堂に来るのぢゃ」
「黒姫遅いの」
「すまぬのぅ。地下の奴等に、臭い飯を配っておった故、遅くなったのぢゃ」
黒姫は、この領主館地下の番龍なの。
各区域にも、お父さんが考えた牢屋があるけど、言っても普通の牢屋なの。
でもこの館の牢屋は違う。
意味が分からない程に堅牢で、幾ら殴っても壊れずに、凶悪犯を閉じ込める。
「今日の臭い飯はなあに?」
「冷えて硬くなった干し肉と、ガチガチに固めた黒パンなのぢゃ。野菜クズの、冷えたスープも付いておるのぅ」
「それで良いの。明日は、オークの肝を液状にした後に固めた、臭いプリンを提供なの」
臭い上に不味いお料理だけど、栄養満点な精力剤なので、地下牢の奴等には地獄なの。
「ミルン御嬢様。早くお昼を食べないと、貴族連中が来ちゃいますよ」
「そうだった。ミルンのご飯!」
「お昼は美味しい、ステーキなのぢゃぁ」
「ステーキっ!」
貴族連中は、とても厄介なの。だから、しっかりお昼を食べて、迎え撃ちます。
「ボソッ(これだから貴族は厄介なの)」
お昼を食べた後に、少しお昼寝をしていたら、貴族連中が到着した。
そして、謁見の間に来るや否や、領主代行に向かって、横柄な態度で、良く分からない事を言い続けている。
『であるからして、ここ、ファンガーデンの各区域を、我等貴族が治める事により、流閣下の地位を盤石のモノへと────』
『一領地が持ちうる戦力を超えておりますれば、王家に反逆するモノとして────』
マドノ男爵と、ヒヨリム子爵。
二人共良い歳をした、禿げた爺なの。
禿げを散らかしてるの。
光ってて眩しい。
マドノ男爵は、この広いファンガーデンを、貴族共の喰い場にしたい。
ヒヨリム子爵は、このファンガーデンから、戦力を引き抜いて、弱体化させたい。
盛大な阿呆なの。
「二人に問うの。ミルンの立場、理解してる?」
『勿論ですとも、ミルン領主代行様』
『このファンガーデンの決裁権を、持たれておられると、理解しております』
やっぱり理解してないの。
普通なら、私みたいな子供が、いくら辺境伯の娘だと言っても、領主代行は有り得ない。
そんなミルンが、何で領主代行を任され、こうして貴族達と、相対する事が出来るのか。
「理解してないの。女王、ルルシアヌ・ジィル・ジアストールから、裁量権を貰ってるのは、お父さんだけじゃ無いよ?」
『は?』
『それは……どう言う事で……っ!?』
子爵は気付いた様なの。
私が貰った裁量権は、ファンガーデンを喰い物にしようとする貴族を、処分する権利。
本来なら、女王でしか持ち得ないモノだけど、ドゥシャが普通に貰って来たの。
交換条件として、女王が遊びに来た際は、必ずミルンが対応する事。
「ファンガーデンに仇なす事は、女王への反逆罪となり、普通に極刑なのだけど、御二方はどうする? 帰る? まだお話しする?」
『それはどう言う……』
『わっ、私は帰らせて頂きたく存じます! マドノ男爵も行きますぞ!』
『ヒヨリム様?』
『さっさと来んか! では、失礼致します!!』
帰っちゃったの。
あの二人は、他領の貴族だから、こっちの情報収集が上手く出来てないの。
「アトゥナ。あの二人の馬車に、塩を撒くの」
「岩塩をぶつけておきますね」
「さすがアトゥナなの」
領主館のバルコニーから、あの二人の馬車目がけて、アトゥナの大遠投。
これなら証拠も残らないし、いい気味なの。
『まさか……っ、あの噂は本当だったのか……』
『ヒヨリム様、どう言う事でしょう?』
『今は亡き王太子殿下の、娘の噂だ……』
『まさかっ、先程の獣族がそうだと!?』
『それならば、このファンガーデンに、陛下が入れ込むのにも辻褄が会う……見誤ったわっ!!』
『しかしっ、人種と獣族との間に、子供なぞ……』
『先のミルン領主代行の髪の色、瞳の色、顔付き。王太子殿下の幼き頃に、瓜二つであるわ』
『それならば、この場所に手を出すのは……』
『身を滅ぼすだけであるな……』
『くっ、来るのでは無かったっ』




