プロローグ 歩き続けて影一人
黒姫様、お元気でしょうか。
他の影達は、どうでも良いですね。
黒姫様の背に乗り、セーフアースから別大陸へと降り立った、影で御座います。
「あの陛下の事です。間違い無く影の事を、忘れられて居るのでしょう」
帰ろうと思えば、帰れるのです。
ミルン御嬢様や、ドゥシャ様。陛下の呼び出しに応じれば、あっと言う間にエイドノア大陸です。
しかし、まだ帰る訳にはいきません。
一度帰ってしまえば、また同じ日数をかけて、ここに来なければなりませんから。
正直言って、それは面倒臭い。
幸い、この大陸には川が多く存在し、魔物以外の動物も存在していたので、何とかこうして、調査を進める事が出来ています。
「やたらと魔物がっ」────ズシャッ!
「交戦的ではっ」────ブシュッ!
「有りますが……ふぅ」
ここの魔物は、ジアストールでは見た事の無い姿を、しております。
見た目は、そうですね……ドラゴンに似ているのですが、身体は小さく、その爪と牙だけが、やたらと鋭い。
「普通の冒険者ならば、対処は難しいでしょう」
この魔物は、兎に角脚が速い。
ミルン御嬢様程ではありませんが、ニアノールさんと、同じ程では無いでしょうか。
「この牙も、厄介ですね……」
持っていた籠手を、易々と貫く程の強靭な顎の力と、鋭利な牙。
そして、何やら怪しい爪。
紫色をしていますので、毒なのでは?
お陰で、この魔物が向かって来た際は、全ての攻撃を、避けねばなりません。
「今の所、遭遇した魔物は全て、影ならば楽に対処可能では御座いますが……」
この大陸を調査して、色々と面白そうな物も見つけております。
と言うか、そこら辺に転がっていますね。
人工物らしき、遺跡です。
しかも、何で出来ているのか、素材が全く分からないモノばかりです。
「鉄にしては脆く、しかし石では無い」
神代の時代の遺跡でしょうか?
それにしては、まだ形が残っているモノばかりで、何とも判断が難しい。
「長命種である私でも、まだまだ知らない事が多いですね」
遺跡の中にも、知らない文字で書かれたモノが、山程有りましたから。
書物が有れば、良いのですけど。
流石に残ってはいませんね。
「あれは……まだ形が残っているのですか」
少し離れた場所に、建物らしきモノを見つけました。結構な大きさで、上部がアーチ状になっていますね。
「あそこまで大きなモノが、朽ちずに残っているとは……気は抜けませんね」
中に何が潜んでいるか、分かりませんから。
「さて、来たのは良いですが……」
出入口が見当たらない。
建物の周囲を、時間をかけて回りましたが、出入口が何処にも無い。
「周りモノは崩れ、形を保っていないのに、何故この建物だけ無事なのか」
出入口が無い建物なんて、存在するのでしょうか。必ず何処かに、在る筈なのですが。
出入口が無ければ、最悪この壁を壊して、内部の調査を、しなければなりません。
壁に付いた埃を取り、再度確認して行く。
地味な作業ですね。
んっ? 何やら凹みが────『認証キーを、御提示下さい』
「っ、何者か!?」
急に声が発せられ、建物から飛び退く。
剣に手をかけ、周囲の気配を探りながら、声が発せられた壁を見詰める。
「何も……襲って来ない? 再度問う! 貴様は何者か!!」
今の声……全く気配を感じなかった。
この、暗部に身を置く影ですら、欺く程の手練れと言う事ですか。
「ここは一度、離れるべきか……っ」
ゆっくりと、慎重に、声が発せられ壁へと、近付いて行く。
「……何も起きない?」
周りには、魔物の気配すら感じられず、声を発したこの壁も、矢張りただの壁。
「確か、この辺りでしたね」
凹みがあった場所を、再度触ってみる。
『認証キーを、御提示下さい』
「御主は何者だ」
『認証キーを、御提示下さい』
「認識キーとは一体何だ」
『認証キーを、御提示下さい』
「何か答えろ!」
『認証キーを、御提示下さい』
話にならない。
同じ言葉を繰り返すだけでっ、こちらの質問に、まったく応じません。
「っ、ふんっ!!」────バキィッ!!
試しに殴り付けてみた。
凹みが更に凹んだが、元々凹んでいたのだから、問題は無いでしょう。
『認証キーを、御提示下さい』
「くっ、何なのだお前はっ!?」
全く手応えを感じない。
しかも、まるで遊んでいるかの様に、この壁は同じ言葉を繰り返す。
「ふんっ!」────バキッ!
『認証キーを、御提示下さい』
「でやぁっ!」────ドンッ!
『認証キーを、御提示下さい』
「せいっ!!」────ギャリッ!!
『認証キーを、御提示下さい』
「ぐぬぬぬっ……」
この者の弱点かと思い、凹みを更に更に凹ませたが、返ってくる言葉が変わらない。
「この近くを、拠点とするか……必ずや、御主の正体を暴いてやる」
と言う事で、瓦礫の山をあーだこーだと組み合わせて、簡単な寝床を作りました。
先に進むにしても、あの建物を調査しなければ、もやもやが残りますからね。
「認証キーとは、一体何なのでしょうか」




