間話 荒れ果てた地の再開発.5
流君が、ジアストールに帰った。
前日に、拠点となる、小さな石造りの家を作り、その日のうちに、ミルン君を連れて、行ってしまった。
少し寂しくなるのは、仕方がなかろう。
騒がしい者が、居なくなったのだからな。
そして今、流君が置いて行った石材を、整理しているのだが、これが中々ハードである。
「ふんっ!! ぬぐうううっ!!」
プピップピッ────『もう少し右なの!』
「ぬうううんっ、ぐぐぐっ!!」
プピップピッ────『あと一歩前なの!』
「おおおおおおっ!!」
プピップピッ────『そこっ!』
「ここであるなっ!!」────ドズンッ!!
「かはっ……石材とはっ、重いのだなっ、この私でもっ、疲れてしまうのであるっ……ふぅ」
「村長お疲れなの。あと百二十個で終わりなの」
「それは、まだまだと言う事であるな。ミユン君は、帰らなくても良いのかね?」
流君とミルン君は帰ったのに、何故かミユン君だけは、残っておるのだ。
それが不思議でならぬのだが。
「ミユンはまだここに居るの。村長一人だと、寂しいでしょ?」
どうやら、見透かされておった様だな。
「感謝するのである」
「感謝は行動で示すの! お昼を下さいな!」
「むっ、もうそんな時間かね。確か拠点に、流君が食料を置いて行ったであるな。それでは、少し待っていたまえ」
「りょっ!」
その返答をドゥシャ殿が知れば、間違い無く大目玉であるぞ、ミユン君。
今は、私しか居らぬから、問題は無いが。
拠点に戻り、食材を確認する。
流君が置いて行った食材は、何と言うか、キワモノばかりである。
オークの睾丸、オークの脳髄、ミノの逸物、コカトリスの肝と言った、貴族の夜のタフネスを上げる、特殊な食材ばかり。
唯一まともな食材は、ミノの舌であるな。
「前は苦手であったが、食べ慣れると癖になる食感である。今日の昼はこれで良いな」
石窯に火を付け、鉄鍋に油を少量。
薄切りにしたミノの舌に塩を振り、さっと火を通したあと、レモモの果汁をサッと振りかけたら、完成である。
「牛さんの舌なの!」
「出来上がったのである。皿を取ってくれぬか」
「山盛りを希望します!」
皿を受け取り、葉野菜を敷いて、その上に山盛りのミノ舌をのせて……酒が呑みたくなってきたのである。
「村長、パパからこれを預かってるの」
「むっ、何かねその陶器は?」
「和土国のお酒なの!」
「……呑んでも良いのかね?」
「パパからのプレゼント。村長はファンガーデンを離れるでしょ? 選別みたいなモノなの」
離れたくは無いのだがな。
陛下にこの地を任された以上……そうなってしまうのである。
「……有難く、頂戴するのである」
「ここが上手くいけば、ミウとメオが働きに来るの。村長専属の、貴重なメイドになるの」
何とっ、ミウとメオが来るのであるか、
あのモコモコした尻尾が、机仕事での唯一の癒しであったからな。
「あの二人っ……頑張らねばなっ! 先ずはご飯を、食べようでは無いか!」
「頂きます! むちゅむちゅ……コリコリの歯応えと、お野菜のシャキシャキが旨しっ!!」
「私はこの酒をっ」
────キュポンッ
ほう……蓋を開けた瞬間から、酒精の香りが一気に広がるとは、相当強い酒であろうな。
「では一杯だけ。んくっ……っ!?」
この酒っ!?
まさか以前城で呑んだ、清酒であるか!
しかも、城のモノよりも遥かに旨いっ!
「……ただただ旨いとしか言えぬな」
「むちゅむちゅ。それが一番の褒め言葉なの。傘音技が聞いたら、大喜びなの」
「うむ。いつか私も、和土国に行きたいものであるぞ」
「領地が潤ったら、自然と向こうからお話が来るの。頑張って畑を耕すの! むちゅむちゅ」
「成程、貿易であるか」
ジアストールがまるまる入る土地を使った、広大な畑である。これが上手くいけば、得る事の出来る作物は、規格外の量になるであろう。
「王都や他領に卸したとしても、有り余る量であるからな」
「米はファンガーデンでも作るけど、量が少ないの。米が出来たら、ファンガーデンにしっかり卸すの!」
「念押しの圧が、凄いであるぞ……」
さて、少し帝国の話をしよう。
帝国皇帝の長兄は、行方不明となり、その弟は半魔と成った後、公開処刑された。
残っておるのは、皇女のケネラ様のみ。
ドルジアヌ帝国の、長い歴史において、女帝が誕生する事は、さほど珍しく無い。
護るべきは血統。
皇帝の血を、絶やしてはならない。
であるからして、普通であれば、『リリトア・ケネラ・リル・パネラシア』が帝位を継ぎ、『女帝』として君臨する筈なのだが……何故なのか。
「ここで何をして居られるか……モシュ殿、ケネラ皇女」
「ケネラ様見てください、もう畑がこんなに」
「あの荒地をどうやって……流石ヘラクレス様ですわ」
うむっ! 国境を越えて不法入国であるな!
しかも、現帝国の長であるぞ!
はっはっはっ、驚かないである!
「邪魔するなら帰るの。岩塩で殴られたい?」
「ミユン君っ、それは不味いのである」
「何で? あの二人邪魔なの」
────ブンッッッ! ブンッッッ!
その勢いで岩塩をぶつけたら、間違い無くあの二人が死ぬのである。
終戦して直ぐ、帝国の長を撲殺。
笑い話にもならぬわっ!?
「何しに来た?」
「ミユン君。礼節を持って話さねば、ドゥシャ殿に怒られてしまうのである」
「ごーとぅーほーむっ!」
「何を言っているのか分からぬが、礼節のカケラも感じぬぞ……」
「未来の皇帝に、『愛』に来たのですわ」
「私はケネラ様の『オマケ』です」
私は皇帝なぞ、不可能と言っておるのに。
このしつこさ……厄介なのである。
「村長には、ミウとメオがいるの」
「っ、想い人がいるのですかっ!?」
「独身と言う話ではっ!?」
「ミユン君、あの二人はメイドであるぞ。しかも幼い子供では無いか……」
「獣族のしつこさを、舐めちゃ駄目なの。狙った獲物は、絶対逃さないの」
ミウとメオは、娘の様な者なのだがな。
亡き妻が居れば、さぞ甘やかして、可愛がったであろうに。
「これはっ、恋のライバルという者ですか……」
「ケネラ様。ここは、(ラナ殿の様に、首都に呼び付け、寝取りましょう)」
「モシュ、(良い案ですわ)」
丸聞こえであるな。
帝国の首都には、行く事は無いであろう。
襲われては堪らぬ。
「村長。十年経てば、ミウとメオにも襲われるの。逃げ場は無いの」
「……私に選択肢は?」
「無いの。ふぁーいとっ!」
「田舎でのんびり……暮らしたいのである」
ミウ、メオ、私は信じておるぞ。
お主達が、その様な娘で無い事を。
信じておるぞっ!!
『ドゥシャメイド長。大変お世話になりました』
『今まで、有難うございました』
『ミウ、メオ。ヘラクレス様の下で、しっかりと御勤めを果たしなさい。メイドたる者、一切の妥協無く、主人に尽くすのですよ』
『はい! しっかり尽くします!(骨まで)』
『必ずや、村長の筋肉に埋もれます!(逃さずに)』
『……頑張りなさい』




