情報集め.2
この者が帝国の皇女であるか。
よくこの状態で意識を保っておるな。助けた時は、声も出せぬ程に弱り切っておったのに、もうここまで回復するとは。
「手短に頼むでヘラクレス。この姉ちゃん達、かなり弱っとるからな」
「分かっておる。事情を聞くだけであるからな」
簡易ベットの横に有る椅子に座り、横たわる皇女と視線を交わす。
その隣に同じ様に横たわる女性が、ジッと此方を見つめて来る。
「私は、このファンガーデン軍の指揮官、ヘラクレスヴァントと言う。ゆっくりで良いので、事情を聞かせてはくれぬか」
そう問いかけると、皇女がゆっくりと腰を上げた。
「まだ起き上がるなっちゅーねん! そないな体で気を使わんでもええ!」
「大丈夫ですっ。寝たままなど、礼に反しますわっ、ふぅ……」
「ったく、ウチの力は体力まで戻らんのに。危ない思たら寝かせるで」
強い女性であるな。と、そう思った。
流君に文を送り、引き込もうとした女性。
リティナ殿の力で、多少動けばする様だが、茶色の長い髪に白い毛が混じり、痩せ細り、顔色悪く、今にも倒れそうに見える。
しかし、その瞳の力強さたるや……まるで陛下を前にしておる様だ。
これが皇帝の血筋であるか。
「初めましてヘラクレス様。私は、第五十一代目皇帝…サハロブ、エグル、ノゾ、ドルジアヌが娘…リリトア、ケネラ、リル、パネラシアと申します。私の事は是非、ケネラとお呼び下さいませ」
ケネラ皇女は口を開き、ここに至るまでの事情を説明してくれた。
話を聞いて行くうちに、自然と拳に力が入り、今にも額から血が噴き出しそうになる程、激しい怒りが込み上げて来る。
「────以上が、ここに私が居る経緯となります。ジアストールに戦を持ち込んだ事、深く、深くお詫び致します」
そう言うと、ケネラ皇女は頭を下げた。
他国の、それも、ただ軍を預かる指揮官に対して、皇女である者が頭を下げた。
「っ、ケネラ皇女。貴殿が頭を下げる必要はないのである。ジアストールの者の非道な行為っ。此方こそ、詫びを入れねばならぬ……何か出来る事があるのなら、力を貸そう」
流君がその場に居たら、何と言うであろう。
ケネラ皇女の自業自得?
戦を持ち込んだ責任?
流君は身内には甘過ぎるが、敵と見るや容赦無く潰しおるからな。
しかし、幸いこの場に流君は居らぬ。
「感謝致します…ヘラクレス様。では、私と婚姻を結び、皇帝として国を治めて下さい」
「うむ! むっ……今何と申された?」
婚姻を結びとは、誰と誰がであるか?
「へラっ、ヘラクレスが告白されとる!?」
「おめでたですかぁ? 流さんが居たら、大爆笑間違い無しですねぇ」
告白? 待て待つのだヘラクレス! ケネラ皇女は何と言っていた!?
「っっっ、婚姻を……私の夫となって下さい」
「ストレートに言いおったなぁ皇女様。こんなん前代未聞と言うか……なぁ皇女様、ヘラクレスはバツイチやけどええんか?」
「バツイチ……その元奥方は、今どこに?」
「随分と昔に亡くなってるで。ヘラクレスの奴、縁談山程来とんのに、前の奥さんの顔立てて断っとるんや。せやから今は、誰とも付き合うてへんな」
ハッ、呆けている場合では無い!?
リティナ殿が私の情報を、ペラペラと喋っておるでは無いか!!
「ならば大丈夫ですね。是非私の夫となり、帝国を治めて下さいませ」
「待たぬかケネラ皇女! 何故私なのだっ、じゃなくて意味が分からぬ! 力を貸すとは言ったがっ、何故そこで婚姻なのかね!?」
「一目惚れやな」
「一目惚れですねぇ」
「ケネラ様っ、モシュは嬉しゅう御座いますっ」
如何っ、これでは話が進まぬ!? と言うか魔物の娘っ、お主絶対元気であろう!
「……あの時、グールに襲われそうになった時。その鍛え上げられた拳で、グールを薙ぎ払うお姿を見て、胸が熱くなりましたの……」
「待つのだケネラ皇女! それはアレだっ、何と言ったかっ……」
「ドラゴン効果やな。ドラゴンに襲われて窮地に陥ったお姫様を、颯爽と助ける騎士様がおって、騎士はクズ男やったのに、姫様が熱を上げてもうた話。時間が経って、姫様の目が覚めた頃には、立派なクズ王が誕生してたって言う、おもろい実話やな」
「それだ! ケネラ皇女よ、勢いで婚姻などと言うものでは無い。ゆっくり休んで、一度冷静になりたまえ」
「私は冷静です。冷静に、ヘラクレス様の事が好きになのです。ですが今は、戦の最中故、想いだけでも……」
「本気やな」
「本気ですねぇ」
「私は側室でお願い致します」
「お主も何を言っておる……モシュ殿。ケネラ皇女の話では、お主は人族であったとの事。それか何故、魔物に成っておるのだ」
肌の色が黒っぽく、目の瞳孔が縦に割れ、口から牙が見え隠れしておる。まるで、黒姫殿を模したかの様な姿であるな。
「ヘラクレスは半魔見た事無いんか?」
「半魔? 無いのである。聞いた事も無い」
「簡単に言うとやな…魔物が人種を孕ませて、産まれて来たモンを、半魔っちゅーねん。産まれて直ぐに魔物に喰われるから、数は少ないんやけどな」
「それだと変では無いかね、モシュ殿は人種であったのだろう」
「そやねん。半魔は産まれて来た時から半魔やから、この姉ちゃんは半魔や無い。でも今は、見た目も中身も半魔その者や。ウチの力で理性は戻したけど、体の中に有る魔石までは、正直どうにも出来へん」
この女性の体内に魔石っ、だから半魔であるのか。
「モシュ殿、何か思い出せる事は無いのかね」
「……それが、追っ手の者を、斬り伏せていたところまでは覚えているのですが……」
情報は何も無しであるか。
仕方あるまい。
「そうであるか。どちらにせよ、砦周辺の敵はもう居らぬのでな。ゆっくり休んで、体力を回復させよ」
「感謝致しますヘラクレス様」
「モシュ、一緒にヘラクレス様を支えるわよ」
ぬぅっ、勘弁して欲しいのである。
「流にーちゃん早よ来んかなぁ」
「来たら大爆笑ですねぇ」




