開戦.4
私はファンガーデン軍に所属する、ただの一兵士だ。ドゥシャ顧問曰く、私の実力的には、王都なら騎士団員らしいのだが、一兵士の私に、そんな事信じれる訳が無い。
だって、こんなにも沢山の実力者が居るのだから。私なんてまだまだひよっ子だろう。
そう思う理由?
周りを見ていればそう思うさ。
特にあの人。
あれだけ動き続けて来たのに、ヘラクレス総指令はピンピンしているのだから、異常の極みだろう。
何が有ったのかって?
行軍だよ行軍、速度がおかしかったんだ。
ファンガーデン軍は、援軍要請を受けた次の日には、既に王都を通過しており、通常なら北の砦まで二月から三月かかるところを、一月半と言う意味の分からない期間で踏破した。
何故その様な事が可能であったのか。
行軍で最も重要な食事を、マッスルホースが引いている馬車の中で作り、可愛らしい鼠人達が走り回って行軍中の兵士達に配り、動きを止める事無く進み続けたからだ。
夜間では天幕を張らず、雨が降ろうとも、風が吹こうとも、地べたにシートを敷いてそのまま眠った。
魔物が襲って来ても意に介さず、先頭を走るヘラクレス指令の乗るマッスルホースが、嬉々として潰して行く。
そしてなにより、物資の補給を気にせずに済む事が、その進軍速度に拍車をかけた。
領主である流辺境伯様の指示により、ファンガーデンでは一日三食を食すよう徹底されている。
それは行軍中であっても変わらず、毎日毎日千二百名もの大喰らい達が、小走りでご飯を食べている。
巨大な馬車で運んでいるとは言え、普通であれば、食料等直ぐに尽きてしまうだろう。
普通であれば……だが。
ファンガーデンは、ミユン様のお陰もあって、他領、王都とは比較にならない程の作物の収穫量を誇っている。
そして、隣国アルカディアスからは乾物や塩を買い付けており、それが合わさるとどうなるか。葉野菜や根物、肉類などを使った、塩漬け保存食の大量生産である。
尽きる事の無い食料を、マッスルホースを使って遠いファンガーデンから送り続け、その管理をドゥシャ顧問が担っているが、側から見たら狂気の軍隊だろう。
そんな軍に、私も所属しているが、はてさて、この様な事が出来る軍で、昇格出来るモノなのかね。
◇ ◇ ◇
襲われそうになっていた二人を助けて直ぐ、ヘラクレスは声を上げ、各部隊に指示を伝えた。
第一目標は、砦を囲む魔物の排除。
何故か砦の跳ね橋は下ろされ、少なく無い数の魔物が既に、砦内部に侵入していた。
「航空部隊! 上空から敵の規模、何処まで広がっておるのかを確認! 砦周辺から離れるグールが居れば、火矢で燃やし尽くせ!」
「「「了解!」」」
「斥候部隊! 航空部隊と連携して周囲を散策! 又、国境を越えて敵の状況を確認せよ! 決して奴等に傷付けられるな!」
「「「了解!」」」
「機動部隊はこのまま待機! 敵の増援に備え、いつでも動ける準備をしておけ!」
「「「了解!」」」
「歩兵部隊オーガガールズ前へ! 奴等は下手な攻撃では動きを止めぬ! 三体一組で死角を潰し、かつ一撃で仕留めよ! 砦までの道を切り開け!!」
「ハイ! ミンナ、イキマスヨー!」
「「「ゴァアアアアアア────ッ!!」」」
「他の歩兵部隊は班ごとに行動! 救護部隊! 補給部隊に被害が及ばぬ様隊列を組み直せ! 決してグール共を近付けてはならぬぞ!」
「「「ハハッ!!」」」
命令して直ぐ、各部隊が行動に移る。
無駄な動きが無く、誰も我先にと突出せず、自らの役割を理解して行動する。
うむっ! 流石ドゥシャ殿に鍛えられた者達だ。
しかしこの状況、一体どうなっておるのだ。
彼奴らは帝国の兵の装いをしておるが、先程の女性が言っていた通り、ただの魔物にしか見えぬ。
普通の人間なら、頭に矢が刺さったままでは動けぬからな。
「帝国が魔物を使役している……しかしこの様な数の魔物、どうやって準備したのだ?」
皇帝の長子が何かしたのであるか?
この様な事を、出来る力が有ると言うのか。
であるならば、内戦が既に終わっていてもおかしく無い筈……誰の仕業であろうか。
襲って来るグールの頭を、殴り飛ばしながら考えるが、今は目の前の事をと思考を切り替えて、オーガガールズの後を追った。
オーガガールズ達の後を追い少ししたら、航空部隊部隊の一人が降りて来た。
「報告! 現在帝国兵の姿をした魔物は、砦周辺からは動いておらず、領内に侵入した数は凡そ一万程と見受けられます!」
「一万か…それなら問題無しであるな。引き続き空から援護を頼む!」
「了解!」
一万対千二百。
普通ならば勝てぬだろうが、生憎と此方は普通の軍では無いのでな。
そう言えば、王都を通り過ぎた辺りで合流した、アレスと言う者が見えぬな……幼子を連れておったが、一体何処に行ったのだ。
周りを確認するがアレスの姿が見えず、代わりに斥候部隊の報告が、敵の隙間を縫う様に走って来た。
「報告致します! 国境を越えた先に魔物は居らず、指揮官と思しき者が一名のみ! 攻撃の許可を!」
指揮官が一人だと?
何故此方側に来て、この魔物達の指揮をとらぬのだ……帝国の長子なのか? なんとも不気味であるな。
「攻撃してはならぬ! そのまま監視を続け、何か動きがあらば報告せよ!」
「っ、了解!」
指揮官が一人なぞ、迂闊に攻撃出来ぬ。
流君の様な者も居るのだ……ここは先ず、ジアストール領内に攻めて来た者達を、片付けねばならぬ。
「敵の指揮官は、それからであるな」




