北の国からいらっしゃい.5
「陛下、南西のから兵が向かって来ております。あれは……ファンガーデンの軍ですね」
バルコニーから、望遠鏡を覗いていたラナがそんな事を言って来た。
「ほぅ……彼奴ら近いとは言え、異常な早さで準備しおったの。こちらの準備は、あとどれ程で終わる?」
「少なくとも、後三日はかかるかと」
「三日……」
ファンガーデンに影を送り、まだ一日と少ししか経っておらぬが、どうするかの。
こちらの準備が整う迄王都に滞在させるか……そのまま北の砦に向かわせるか。ヘラクレスが来たら、聞いてみるかの。
「陛下……」
「なんじゃ? 何か見えたのか?」
「ファンガーデンの軍の進路が……若干ズレております」
ズレておる?
ファンガーデンから王都までは、ほぼほぼ一本道じゃろうて、ズレる事なぞ無い筈だじゃがの。
「あれは……王都を横切る感じですね」
「ヘラクレスの奴め、儂に挨拶も無しで向かう気か?」
彼奴は脳筋であるが、儂を蔑ろにするなぞ無いと思っていたのじゃがな……何かあったのじゃろうか。
どれ、儂も見てみるかの。
「ラナよ、望遠鏡を貸してくれ。儂も少し見てみたいのじゃ」
「……陛下、見ない方が宜しいかと」
むっ……断りおったの。
ラナにしては珍しいが、儂に対して不敬が過ぎるのでは無いか?
「これは王命じゃ! 早よ見せい!」
「陛下……もう直ぐ十八とは思えぬ、我儘ぶりで御座いますね。後悔しても知りませんよ」
「構わぬ!」
ラナから半ば無理矢理に望遠鏡を受け取って、遠くで土埃を撒き散らしながら、進んでいる集団を見てみる。
これは……遠過ぎて見え難いの。
むぅぅぅ、何じゃあれは……マッスルホースに並走しとるのか?
「のうラナや……あれ、おかしく無いかのぅ」
「そうですね、色々可笑しいです。マッスルホースと並走している事も可笑しいのですが、何よりその後方……どう見ても魔物が混ざっております」
「はぁ!?」
何処じゃっ、後方じゃな!
あれは──オーガの雌では無いか!
何故魔物が兵に混じって走っておるのだ!
「一体どうやって手なづけた……オーガ共は、人や獣族を餌としか見ておらぬ魔物じゃぞ……」
「流さんは、人や獣族以外の存在ですので……十分に有り得るかと」
「魔王……いや、今は魔神じゃったか。常識からかけ離れとると言うか、ただの馬鹿者じゃな」
ラナに望遠鏡を返して、少し頭の整理をする為に、紅茶で喉を潤す。
「そう言えば陛下、アレス様のお姿が見えませんが、どちらに居られるのですか?」
「会議が終わって直ぐ、城下に向かった様じゃな。何をしとるか分からぬが、帝国に向かう時には戻って来るじゃろ」
影から表舞台に出したからの。
カモフラージュの屋敷も必要じゃし、彼奴も色々と、せねばならぬ事が多いのじゃろうて。
「陛下……何やら、完全武装のアレス様が城下を突っ切って、正門へ向かっております」
ふぅ……お茶が旨いのじゃ。
「陛下? 連れ戻さなくても良いので?」
ふぅ……お茶が旨いのじゃ。
「……陛下?」
「もう好きにさせたら良いじゃろぉおおお! ドゥシャの教育の所為か!? それとも彼奴が可笑しいだけか!? 影共は馬鹿ばかりなのじゃぁあああ──っ!!」
◇ ◇ ◇
円卓会議の爺共に帝国の情報を伝えて直ぐ、影に手紙を持たせてファンガーデンへ向かわせた。
勿論手紙の内容は、女王直筆の援軍要請であり、あの異常の巣窟であるファンガーデンならば、二日程待てば来るだろうと思っていた。
それがまさか、手紙を送った次の日に王都に来るとは、良い意味で予想外だ。
急ぎ身支度を整え、城下にて路上の石をぼーっと眺めていた娘を抱えて、厩舎へと走った。
「ドゥシャの指示か、魔神様の御力か……早くあの軍に合流しないとな」
「てんっしさっま、どちっらへっ、向かわっれるのっですかっ」
「舌を噛むから口を閉じてろ。今から、お前の村を蹂躙した馬鹿共を、潰しに行くんだ」
「──っ」
色々と仕込んでから、仇討ちさせてやりたかったが、この好機を逃す手は無い。
城下に居るにもかかわらず、ここまで届くあの軍の威圧ならば、帝国の兵など塵芥も同然だろう。
それを利用させてもらう。
暫定皇帝の首だけは、この娘に斬らせなければならないからな。
厩舎へと到着して直ぐ、マッスルホースに跨り、娘を前に座らせて私と紐で括る。でなければ、勢いで落ちてしまうからだ。実際、帝国から戻る際、マッスルホースを走らせたら娘が落ちた。
「これなら落ちるまい。さて、覚悟は良いか娘」
「はい、天使様っ」
マッスルホースの手綱を握り、横腹を足で強く叩くと、マッスルホースは『ブルルゥッヒヒィイイインッ』力強く鳴き、走り出す。
「待っていろ帝国兵……攻めて来た事、後悔させてやる」




