北の国からいらっしゃい.2
帝国が攻めて来た。
身内どうしで骨肉の争いを続けて居れば良いものを、ジアストール国に戦を仕掛けてきおった。
その所為で急遽、城内に居る各大臣級を招集し、円卓を囲んであれやこれやの大騒ぎをしておるわ。
「帝国めがっ、何故今攻めて来る!」
「王都の兵だけでは足りませぬぞ。至急他領から招集をかけるべきでは?」
「ナロズ卿! それでは遅過ぎますぞ!」
「左様! 少なくとも軍の編成と行軍日数を考えればっ、最低でも三月半はかかりましょうぞ!」
確かにのぅ。
王都から北の砦に向かうとしたら、騎馬での行軍だけでも二月はかかる。
北の砦から王都の間にも、オスネ子爵やミネズ男爵が治める町や村があったにも関わらず、ローキとやらは王都へ援軍要請に来た。
と言う事はじゃ……貴族共の足の引っ張り合いで、アッパー辺境伯が窮地に立たされておると言う事じゃな。
「ファンガーデンに援軍要請すべきでは?」
「っ、ラナ殿それは……」
「ぬぅ……」
「魔王……」
「それしか…いやっ、しかし……」
くははっ、ラナの一言で、騒いでおった奴等が黙りおったわ。
「幸い流さんは他国に行ってますので、援軍要請を受けるのは、代表代理のヘラクレス様です。かの御仁であれば信用出来ますし、ファンガーデンからであれば、直ぐに兵を招集出来ます」
「しかし……魔王に知られれば……」
「そうですぞ! 下手に借りを作ってしまうとっ、どの様な報酬を要求されるか!」
「やはりここは、王都の軍を向かわせて様子を見ては如何か……」
様子を見るか……確かに、戦況が分からぬままじゃと何も出来ぬのぅ。仕方無い、一人だけ此奴らの前に出すか。
本来ならばドゥシャの役目だったのじゃが、彼奴を送ったのは儂じゃしの……帝国の内情を調べておった影ならば、表舞台でも役に立つじゃろ。
「──影、来るのじゃ」
その影を思い浮かべて呼んだ。
勿論、円卓でガヤガヤと問答を繰り返している者達には、聞こえぬように。
「…………来ぬの」
いつもなら唐突に現れるのに、呼んだ影から反応が無い。
「──影、来るのじゃ」
もう一度呼んでみた。
二度呼ぶ事なぞ、産まれて初めての出来事であり、少しだけ不安になってしまう。
そう言えばあの影、小さい子供を保護したと言っておったな……儂、無視されとる?
「うむぅ、影やーい」
呼び方を変えてみた。
じゃが……やはり来ぬの。王都に居る筈なのに、何故さっさと来ぬのじゃ。
「誰か城下に向かわせ──『何の様だ女王』っ、背後から急に現れるで無いわ!!」
「さっさと用件を言え女王」
物言い! 此奴の物言い! ドゥシャの教育受けておるのじゃろ!
どうなっとるんじゃ!?
「げふんっ、お主を表舞台に出す。今日からお主は、アレスと名乗るが良い」
「丁重に断る」
ふぇ……此奴何…断りおった?
「これは命令じゃぞ、何故断るのじゃ……」
「表舞台に出てしまったら、アイツの教育が出来ないからだ。あのまま雲に入れてしまったら、直ぐ死んでしまうからな」
アイツ……保護した子供の事じゃな。
影自ら鍛えるとは、そっちの方が致死率高いと思うのじゃが。
「これは王命じゃ、断る事は許さぬ。帝国が攻めて来ておるから、さっさと情報を彼奴らに伝えよ」
「それを先に言え。私は今日からアレスと名乗れば良いんだな? 教育中の娘は私の養子にするが良いか?」
急に何じゃこの影……あぁ、そう言えば此奴ドゥシャに、帝国の長男を暗殺させろと進言した影じゃったか……暗殺を許可しとけば良かったわ。
「構わぬ……好きにせよ。お主の立場はドゥシャの下位ではあるが、近衛副隊長兼子爵級の待遇としてやる故、さっさと向こうで説明せい」
「分かった」
そう言うと、元影となったアレスは、円卓へと向かって行った。
ふぅ…地味に疲れたの。
じゃが、実際に帝国を探っていた影ならば、地理に詳しく、戦況把握にも役立つであろう。
「貴様ら、無駄な問答をせずさっさと行動しろ」
「なっ、誰だ貴様!」
「いつ入って来た!? 兵は何をしておる!」
「陛下! お早く退室を!」
「衛兵! 衛兵っ、誰も来ぬだと!?」
「っ、皆さんこの方は陛下の側近です!」
うんうん、初っ端から印象最悪じゃな。
ラナだけは驚かなかったが、影の存在を薄々では有るが、勘付いておったのやもしれぬな。
「さっさとあの朕野郎の首を狩りに行くぞ。ファンガーデンに至急早馬を送って、ヘラクレスを寄こす様伝えろ」
この元影……口悪く無いかの。
ドゥシャの教育の所為じゃな。




