魔王さんいらっしゃーい.1
傘音技指示の下急ぎ城へ戻ると、直ぐ兵が招集され、この町を囲う様に陣が作られて行った。その行動の速さたるや、少し前に俺達にフルボッコされてたとは思えない程の動きで、少しだけ和土国兵を見直した……少しだけね。
「爺、他の村や町への知らせはどうか」
「ははっ、黒子を総動員しております故、時間はかからぬかと。しかし、他の町を治める者からの救援は……っ、間に合わぬかと……」
「そうね。せめて、東と南の小競り合いが無ければ、兵を集める事も出来ようものだけど……どちらにせよ、間に合わないか……」
結構不味い状況かな。
遠くで見えた紫の雲……臭いが風に乗って来たんだけど、鼻にツンッと来る臭いで、ミユンが凄いお顔になって『これダメな奴なの!』って怒ってたなぁ。
でも……どこか懐かしい臭いなんだよ。
昔、嗅いだ事ある様な気がする臭い……何だっけなぁ。
「そう言う事で流様、今直ぐジアストールへお帰り下さい」
「へぇ……救援を求めないとは、意外だなぁ」
「お国のプライドなの、ゴブリンの餌にもならないの」
「ミルンお姉ちゃんの言う通りなの。でも、少しだけ見直したの」
異世界じゃあそんな言い方になるのか……『糞の役にも立たない』では無くて、『ゴブリンの餌にもならない』とは、地味に嫌だな。
「かの魔王は、前に一度退けております故、一方的な戦いにはなりませんわ。しかし、万が一城を落とされれば、流様やミユン様、お連れ様方に被害が出かねません。今ならばまだ間に合います故、どうかお早く……」
前に一度退けてるねぇ……はてさて、それはどれ程前の出来事だろうか。それは間違い無く、傘音技の親父さんが将軍だった時の話だろうな。
将軍級の猛者がこの場に居れば、魔王と何とか戦えるけど、この城の何処にもそんな奴の姿は見えない。
さっきの話を聞く限り、他の町を治めていたり、国境の守りに就いていそうだな。
「帰ろうと思えば、一瞬で帰れるけどなぁ……どうするミユン? 今回一番働いてるのミユンだし、ミユンの意見を尊重しよう」
「魔王を潰すの! お土駄目にする魔王は潰すに限るの! 殺処分!殺処分!地下深くに埋め埋めするの!!」
「ミユンがヤル気なの」
ミユンからしたら土を駄目にする魔王なんて、天敵みたいな者だからなぁ……せっかく畑拡張して、水路まで作ったのに、壊されたら堪らんし。
「魔王かや……あの遠くに見えた雲、恐らくは魔王のスキルぢゃな。我には効くまいが、他の者が受ければ、皮膚は爛れ溶けて固まりと、中々使い勝手の良いスキルなのぢゃ」
「溶けるのかよ……黒姫さん良くしってるな」
「アトゥナや、我が封印される前なぞ、そんなスキル持ちは山程居たのぢゃぞ。特に、魔王に発現しやすいスキルなのぢゃ」
俺、そんなエグいスキル要らないぞ。
溶けるって事は、『酸』か『腐』かだけど、あのツンって来た臭いは……酸の臭いか。
昔理科室で嗅いだ事あるわ。
何もしなければ無臭の癖に、色々やると、すんげぇ臭いんだよ。
「そんな魔王に、和土国が対抗する手段って有るのか?」
「……一つ御座います。その為に彼女達を、置いているのですから──入りなさい」
彼女達……あの時アトゥナに付いていた芸者や、似た背格好の女の子が入って来たけど、どう言う事だ?
「かの魔王の目的は、自らの子を探す事……悪魔族を、自らの地に住まわせる事に御座います」
「子を探すって……悪魔族全員、その魔王の子供って訳じゃ無いよな」
「仰る通り、全員と言う訳では御座いません。悪魔族の魔王、かの魔王の娘は二人居るとされ、その娘を探しながら、他種族を襲っている様なのです」
なんか妙に詳しいな……前にも退けたって言ってたけど……成程ね。
「前に襲撃受けた時に、何か取引したのか……」
「左様に御座います。しかし彼女は魔王、約束事をいつでも反故に出来る存在です。ですので、こちらもそれなりの武装を致しますの」
ふぅーん、成程ね。
そんでその約束事が、悪魔族達の保護と、無条件での引き渡しと言う事だな。
どうりで、城内に居る悪魔族の女の子達、皆んな笑顔でお仕事している訳だよ。
城下には一人も居なかったけどね。
「俺と……似た顔の奴がいっぱいだぁ……怖っ」
「怖いはやめなさいアトゥナ。何か悪魔族のお迎えが来てるっぽいけど、アトゥナはどうするよ? この子達に付いて行くか?」
「行かねぇよ! 俺は流のおっさんの下で働くって決めてるし、今の仕事が気に入ってるんだ。せめてメイド長に認めて貰える迄は、出て行くつもりは無いぞ」
ドゥシャさんに認めて貰う迄か……アトゥナは永久雇用だろうね。