誰に何を望むか
しくじった。
しくじってしまった。
牢屋の件、兵達の暴走の件、薬を盛った件でも、『敵対』とは思われなかったのに、精霊様に断られた事で焦り、やってしまった。
黒子を呼ぶなど、完璧な『敵対行為』。
しかもその黒子が、何処からか現れた、ジアストールの暗部に拘束されている。
兵を呼んだとしても、守護者様や、精霊様、守護者様の娘、あの酒を呑んでいる女子、勝てる訳が無い。
詰んだ──自らの短慮な行いで、和土国が終わってしまった。
「さて、傘音技……今の態度で、俺と敵対する意志有りとみなすけど、俺は魔王じゃないからな、最後のチャンスをやろう」
「糞っ、何よチャンスって!?」
黒子から聞いている。
守護者様は魔王では無く、『魔神』と呼ばれていたと。
魔王なら知っているが、魔神なぞ聞いたことが無い。その名に神を冠する者なぞ、聞いたことが無い。
その存在が言う、最後のチャンス。
「お前は『誰』に『何』を望むか、もう一度、良く考えて答えろ」
その様な事を言われても、私は『精霊様』にお願いするしか無い。
「パパは優しすぎるの!」
「お胸がデカいからなの! いい加減にしないとドゥシャに襲わせます!」
「ミルンさんや、ドゥシャさんの気持ちも考えなさいな」
一国が終わるかも知れない瀬戸際に、何故こうもこの方達はこうものんびりしているの。
「ふむ、影もどうぢゃ、中々に旨い酒ぢゃぞ」
「ほう……では御相伴に預かるで御座る、黒子は逃さぬ故『がっ……』安心召されよ」
「変な人だらけだなぁ……甘酒うめぇ」
「良々、アトゥナももう慣れたのぢゃ、その動じぬ心を大切にするのぢゃ」
冷静に、冷静になるのよ珠代……守護者様は何て仰られた……『誰』に『何』を望むか? そんなの、精霊様の御力で実りを望むに決まってるじゃないのっ!
でも、それは断られた。
嫌と言われてしまった。
確かに精霊様には失礼な事をしたし、ご迷惑をお掛けしてしまう事も理解しているけど、まさか子供の様に『嫌!』の一言で拒否されるなんて……どうすればっ。
「まだかー傘音技ムグムグ、旨いなこの筍」
「ミルンはまだまだ食べれるの! モゴモゴ!」
「ミユンはもちゅもちゅ、この山菜が、もちゅもちゅ、中々なの」
御食事は気に入られているご様子ですし、町に被害が無い事から、そこまで悪い印象だとは思えないっ、ならば何故っ!
「黒姫殿、このお酒は強う御座らぬか? よく平気で呑めるで御座るな」
「これが良いのぢゃ! あのシュワシュワする酒も悪く無いが、我は断然こっち派なのぢゃ!」
「顔真っ赤だぞ黒姫さん、流石に飲み過ぎだろ」
父上っ、どうしたら、私はどうしたらっ!
────『何をしておられるか姫様っ!』────
「誰か来た……お爺ちゃんなの」
「埋めても栄養なさそうなの、頭薄い!」
「えぇいっ! 黙られよお客人っ!」
爺……何をしに此処へ……お主は頭が固いから来るなと申したろうにっ。
「姫様っ、もう一度伺います……何をしておられるか。姫様とあろう者がっ、そこの者の真意を汲み取れぬとわっ、情け無いにも程が御座いますわい!!」
「あのお爺ちゃん聞き耳立ててたの、ずるじゃ無いのお父さん?」
「禿げがズルする気なの、あの禿げを埋めて良い?」
「どうだかなぁ、ヒントぐらいなら良いけど、核心を言ったらアウトかな」
「っ、分かっておるわい若僧がっ! 姫様っ、御身が今までなさって来た事を思い出しなされ。さすれば、あの者の真意が分かりましょうぞ」
私がして来た事……幼き頃から、和土国を皆と守ってきた。
父上が病で亡くなり、それでも、悲しむ暇もない程に、この国は弱っていた。
民達も病で苦しんでいた。
亡くなった者も多く居た。
細工が得意な源六や、火消しの碁佐。
いつも噂話をしていた梅婆に、食い意地だけが取り柄の葉門。
腰が痛いと叫く治助に、笑い顔の大三郎。
歳を重ねた者から、順に亡くなって逝った。
それでも挫けず、畑の手伝いをして、皆の暮らしを良くしようと頑張った。
鈴婆に頭を撫でられて、嬉しかった。
戦の時も、多くの死者が出た。
私の指揮で、多くの者を殺してしまった。
それでも兵達は皆笑顔でこう言って居た。
『我等の誰が亡くなろうとも、姫様は覚えて居て下さる。だからこそ、我等は憂い無く前へと進めるのです』
そうであったな……私は何をしているのか。
爺の言った通りだ、これでは、爺に頭が固いと言えぬではないか。
守護者様……いえ、流様の仰られた通り、頼みをする相手を間違えていたなんて。
国の代表として、人としても、愚かな行為でしたわ。
「顔付きが変わったな……それで、答えは?」
「っ、ジアストール国小々波流辺境伯及び、その娘御であらせられるミユン御令嬢に、和土国代表、傘音技珠代が伏してお願い申します。どうかっ、我らの地をお助け下さいます様っ、何卒御力をお貸し下さい!」
土下座はするんだな……礼の一つなんだけど、ある意味暴力だよねそれ。
「どうしよっかなぁ、爺さんが余計な事言ったみたいだし、『ぐぅっこのっ』どうするミユン?」
「……パパがこの国を見た時に、目をキラキラさせていたから、仕方無いの。ほんの少しだけ力を貸すけど、次は無いの。それと、報酬はしっかり頂きます」
「ミユンは優しいの! ミルンなら絶対やりません! お父さんに色目使ったから!」
「有難う御座います! 勿論報酬は言い値で御支払致します! 何卒、この和土国を御救い下さい!」
「姫様っっっ、お労しやっっっ」
「お父さん、お爺ちゃん泣いてる……」
「鼻水酷いの、絵面がヤバいの」
「二人共……お口にチャックな」