どこに行っても闇だらけ.1
アトゥナが領主館で働き始めて五日が過ぎた頃、二通の手紙と共に、何とも見事な彫刻が施されたブローチが届いた。
一つは、俺の目にちょくちょく見える妖精が彫られた、可愛らしいブローチ。
一つは、五つの国旗だろうか、紋様が彫られた無骨なブローチ。
「これが入国許可証ねぇ、ドゥシャさん、手紙には何て書いてあるの」
まさか本気で送って来るとは……軽く冗談のつもりだったんだけどなぁ。
「二通共に、旦那様を招いての食事会のお誘いで御座いますね。いつ行かれても対応するとの事ですが、いかが致しましょう」
「食事会ねぇ……影さんの報告書軽く読んだけど、連邦はゴブリン食べる奴が居るらしいじゃん、何それって感じだよなぁ」
報告書にも、ルシィへの恨み辛みがそこかしこに書かれていたし、部下は大事にしろよ。
「和土国も和土国で、食糧難になりつつあるみたいだし、妖精や精霊の力を借りて、実りを良くすりゃ良いのにな」
「それが出来るのは旦那様だけかと。妖精が見え、精霊の存在を変え、魔物達すら従える……存在が最早天災で御座います」
いやいや妖精や精霊を信奉する国だぞ、見える奴が居てもおかしく無いし、居なかったら突っ込みを入れるぞ。
妖精や精霊を信奉するとは何ぞや!? みたいな感じで。
「俺、未だに腕相撲でミルンやミユンに負けるんだけど、そんな俺が天災……笑えるわーい」
「腕力だけならば、旦那様はゴブリンよりも劣りますからね。それでいかが致しましょう、先にどちらに向かわれますか」
腕力がゴブリン以下……獣族の幼児ですらワンパンで潰せる、ゴブリン以下かぁ。空いている時間に、筋トレでもするかなぁ。
「……ゴブリン繋がりは嫌だから、先に行くのは和土国だな。確か代表は──傘音技珠代と言う名前で、和服姿の腹黒美女だったよな」
「左様で御座います。幾度もこのファンガーデンに間者を差し向けている国で御座いますので、細心の御注意を」
その間者が帰ってこないから、また間者を送って来てるだけじゃないのか。
「そういやミルンとミユンはどこ行ったの、黒姫も最近見ないし……家出したのか?」
最近のぢゃのぢゃした声が聞こえないから、ちょっとだけ心配だ。
「御心配には及びません、黒姫様はセーフアースにて影達を手伝っておりますので。ミルン御嬢様、ミユン御嬢様は別室にてお勉強中で御座います」
朝から勉強って……小学一年生と考えたら普通なのか。
「頑張ってるなぁ、一体何の勉強してるんだ? 随分前に俺が受けた読み書き算数か?」
「今はダンスと礼儀作法のお時間で御座います」
ダンスやってるのかよ。
ミルンとミユンがダンス……それ、ブレイキンじゃ無いよね、社交ダンスだよね。
「ちょっと不安になってきた……」
「……流君、書類仕事を手伝わぬのなら見て来てはどうかね」
村長が恨めしそうにこっちを睨んできたな、良いじゃ無いかここに居ても。
「二人の邪魔したら悪いだろ村長、ここならソファも有るし茶も飲めるから邪魔にならないし」
「ならばせめて、流君が潰した村の跡地に作る砦の決済書に、目を通してくれぬだろうか……」
「ヘラクレス様、旦那様に任せると砦が要塞になりかねません。ですので、ヘラクレス様が処理をなさって下さい」
ドゥシャさんストップがかかったぞ、俺の事良く理解してるよね。
睨むなよ村長、仕方ないじゃんドゥシャさんが駄目って言うんだからさ。
「ドゥシャ殿、流君を甘やかし過ぎでは無いかね」
「それでしたらヘラクレス様、旦那様がしでかした際は後処理をお願い致します」
村長が胸筋をピクピクさせて悩んでるな、物凄く気持ち悪い。
「……それは、嫌であるな」
「はい、ですので旦那様にはお任せ出来ません」
「俺が何かしでかす前提で話すの、やめてくれませんかね」
お茶をズズッと旨いなぁ……平和だぁ。
──コンッコンッ──ガチャ──
「失礼します! 流さんに御手紙です!」
ハム耳ハム尻尾のまん丸メオちゃん……ちゃんと部屋の中の人から、声がかかってから入ろうね、可愛いから良いけど。
なぜメオちゃんがフリフリのメイド姿なのかと言うと、筋肉村長の事が好き過ぎて働きたいと言う申出があり、院長影さんの後押しもあってメイド見習いとして働いている。
因みに犬耳のミウ、ラナスとコルルも同じく、領主館に住み込んで働いているけど、院長影さんに鍛えられていた為に優秀過ぎる程に優秀だ。
「働き始めてわずか三日で……このクソでかい領主館の管理覚えたもんなぁ」
「メオ、声がかかるまで入室は駄目だと教えたでしょう……緊急の手紙ですか?」
ドゥシャさんの目が一瞬鬼の様になったけど、メオも優秀な見習いの一人、直ぐに理由を聞いたな。
「これ渡したら休憩です、村長の膝の上でまるまるの! はい流さん──帝国からです」
「おぉ、欲望に忠実だなメオちゃんは……帝国? 帝国からの手紙!?」
「緊急では無いですが、重要な手紙ですね旦那様……メオを叱って良いものか迷います」
叱らないであげてねドゥシャさんと俺は首を横に振り、村長の膝の上目掛けてダイブするメオちゃんを眺めながら……羨ましいなぁ。
領主館内だとドゥシャさんに禁止されて、ミルンとミユンが俺に乗ってくれないんだ。
「流君、その恨めしい顔を向けないでくれたまえ、気になって仕事が進まぬ」
「村長はメオを撫でてればいいです、それなら流さんの視線は気になら無い」
くっ、メオちゃんが要らぬ知識を付けた様だな。
「旦那様、手紙には何と」
「はいはい、え──っと、ふむふむ、ほうほう、マジでか、それで……なぁる」
アレだよね、間違い無く巻き込む気だよね、この手紙送って来たヤツ。
「食事会のお誘いだって、跡目争い真っ只中の帝国の長女様からの──ラブメッセージだ」