魔王って沢山居るんですね.3
誰もが寝静まる真夜中、俺はゆっくりと音を立てず気配を消し、手には丸めた書類の束を持って、涎を垂らしながら腹を掻き、布団が捲れてだらし無い姿の人物へ近づいて行く。
知覚を使い、誰も俺の存在に気付いていない事を確認して、ゆっくりと……ゆっくりと……抜き足差し足忍足。
丸めた書類の束を、寝ている人物の耳元へ近づけ、すぅううう────っと息を吸ってぇえええっ!!
「リティナさぁあああん! あっそびましょぉおおおおおおおおお────!!」
「ぎゃっああああああ────! ウチの耳がぁああああああ────!?」
眼をくわっと見開いてリティナがベットから転げ落ち、両手で耳を押さえて下着姿のまま踠いている……色々見えているけど、これで聖女って言われているんだぜ。
「見えてるぞリティナ──、ちゃんと汚いモノを隠しなさ──い」
「おんどりゃあ誰が汚いじゃぼけぇえええ!? 毎回毎回毎回毎回夜に起こしおってからにっ、いい加減にしろやぁあああ────!!」
リティナが拳を俺の腹に撃ち込むんだけど、防ステ高いから全く痛く無いな。
はいはい、いくら殴ってきても俺は痛く無いですよーっと……手、大丈夫か。
「何で殴っとるウチの手だけ赤くなんねんなぁあああ!? めっちゃ痛いやんけぇえええ!!」
『おりゃぁあああ!』って諦めずに殴り掛かって来るんだけど、どんどん力が弱くなって、しかも拳が真っ赤に腫れてる……お馬鹿かな。
「リティナ……大丈夫か、頭」
「手の心配しろやぁあああ────!?」
流石リティナだ、遅れず的確に突っ込みを入れて来る。
取り敢えず、リティナの怒りが治るのを殴られ続けながら待ち、時々反撃してリティナの脇をツンツン『ひぃや!?』しながら遊び、落ち着くまで待ちました。
「ほんま……こんなんが領主って、この都市まともちゃうわ」
失礼な、これでも何ちゃって領主なんだぞ。
と言うか何でリティナだけなんだ、あの素晴らしい猫耳尻尾のニアノールさんの姿が見えない。いつもなら『リティナ様に失礼ですよぅ』ってナイフ向けて来るのに。
「なぁリティナ、ニアノールさんは一緒じゃ無いのか。俺まだ、ニアノールさんの寝巻き姿見た事無いんだよ」
「流にーちゃん……乙女の寝巻き姿をそないホイホイ見れる訳無いやろ。ニアなら王都に買い出しや、あっちでしか手に入らん薬草もあるしな。残念やったな、流にーちゃん」
残念だけど……だからリティナ、色々と隠しなさいって。お前乙女じゃ無いのかよ。
「それで、こない夜更けになんの用やねん。前の獣族の姉ちゃん達ならちゃんと保護して、今は居住区で休んどるで……もしかしてウチに夜這いか?」
「まな板に興味有りませ──拳を向けるなよ痛めるぞ。アレだ、一緒に寝させてくれ」
リティナが口を開けて凝視して、ベッドの上を後ずさったぞ……なぜに。
「夜這いちゃうって言った矢先に寝させてって、それ夜這いちゃうんかっ……」
「だから夜這いじゃ無いって、一緒に寝させて欲しいだけなんだ」
リティナが下を向いてモジモジし始めたぞ、どう言う事だ。
「なんでウチなんかを……ごにょごにょ」
「どうしたリティナ、顔真っ赤になってるぞ、風邪か?」
手をリティナの額に当ててみると、熱いけど微熱程度だな。
「……寝るだけなら……良いで」
おっ、流石リティナ話が分かる聖女だよ。
「お──い、泥棒娘さんや──い、泊まって良いってよ、入ってこ──い」
「……今何て言うた流にーちゃん?」
俺が開けたままの出入り口から泥棒娘が入って来て、同じ姓を持つリティナと顔合わせだ。
「お邪魔します……何だここ、すげぇ薬品臭いんだけどおっちゃん。あっ? 何で俺が居るんだ」
「……流にーちゃんどう言う事や、なんでウチがボロ着て立っとんねん」
ふむふむ、こうして二人を見比べて見ても、本当にそっくりさんだな……双子か?
「取り敢えず泥棒娘、今日はそこのリティナと一緒に寝ろよ。リティナも急な話なのに助かった、俺の家に泊めると、ミルンとミユンの餌食になるからさ」
「ここに泊まるのかぁ、宜しくな」
「……」
リティナが反応しないな、そっくりさんにビックリしたのか?
「……せや」
何だ、リティナが下を向いてぷるぷる震えてるぞ、やっぱり風邪か?
「乙女の純情返せやぁああああああ────!!」
リティナが光を宿した拳を振り上げ襲い掛かって来たので、俺は即座に反応して避け、直ぐに扉に向かって走り出すも、『聖女舐めんなおらぁあああ!!』背後から凄い形相のリティナが追いかけて来た。
「すげぇ怖い女だな……ベッド空いてるし、寝とくか……」
夜の城塞都市ファンガーデンに、ドスの効いた聖女の声と、まるで魔王に追いかけられているかの様な俺の悲鳴が、高らかにこだました。