魔王って沢山居るんですね.2
少し前の事、東の小国の一つ『野曽国』にそれはそれは美しい娘が居りました。
しかし誰も、その娘がどこで産まれ、どこで育ち、いつから野曽国に居たのか知りません。
ですが誰もそれを聞かず、問わずに、ただ美しいその娘を讃え、崇め、そしてとうとうその娘は、野曽国を治める王の妃となりました。
月日は流れ、ある時王はふと──妃の姿に疑問を抱きます。
娘を妃に迎えてから二十年、王の身体は年相応に衰えていく中で、妃だけはあの時の美しい姿のままでは無いかと。
一時は美しさを保つ為に、特別な努力でもしているのだろうと思っていた王でしたが、更に年を重ねて行くうちに理解してしまいました。
妃は全くと言ってもいい程にあの時のままの姿であり、人種や獣族とは違う一種の化物であると、遅まきながらも理解してしまいました。
王は妃に問います。
お前は何者だ、何が目的で妃となった。
妃は笑いながら応えます。
貴方から妃となれと仰ったではないですか。
王は妃に問います。
何故年をとらぬ、何故昔の姿のままなのだ。
妃は笑いながら応えます。
私が、人種でも獣族でも無いからですよ。
王は妃に問います。
ならお前は何なのだ、一体誰なのだ。
妃は笑いながら応えます。
私は魔王、悪魔族を束ねる魔王です。
妃は笑いながら王に伝えます。
王様、この国の民の命を全て下さいな。
人種、獣族を問わず、生きとし生けるものの苦しむ様を眺めたいのです。
王は直ぐ様剣を手に取り、妃の首目掛けて振り抜きます。
その剣は、普通ならば妃の首ぐらい簡単に斬り飛ばせる程の名剣。
ですが妃は自ら名乗りました。
魔王──悪魔族の王であると。
首を斬り飛ばす筈だった剣は、妃の細首皮一枚斬るだけで、それ以上斬れません。
そこから滴る『紫色の体液』を見て、王はその体液が付いた剣を放り投げました。
妃は笑い、高らかに笑い、朗らかに笑い、嘲る様に笑い、慈しむ様に笑い、王の頭を掴み、握り潰しました。
王の最後の表情を、まるで──劇の最後を観客席で眺める少女の様な笑顔で見つめ、肉片へと変えました。
それを見ていた、見てしまったメイド達は、それこそ蜘蛛の子を散らす様に逃げ、妃はそれを狩でもするかの如く追いかけて、捕まえては裂き、捕まえては喰らい、捕まえては弄びました。
闇が国を覆います。
その闇に喰われる様に、人種、獣族達が潰れていきます。
野曽国はたった一夜で終わりを告げました。
何とか逃げ延びた、生き延びた者達、その中に、紫色の体液が付いた剣を持った者が居りました。
その者は告げます。
銀細工の様な輝く髪、空の色よりも透き通る青い瞳、健康美溢れる褐色の肌、その者達は人種に在らず、獣族に在らず、忌むべき存在であり、魔王の眷属、悪魔であると。
◇ ◇ ◇
「これが東の国々で伝え、語られている内容になります」
「……爺さん、話長くて理解できないぞ」
「聞いてて苛々するのモゴモゴ、お話長い!」
「爺を土に埋める、もちゅもちゅ」
「俺…ずっと縛られたままなのかよ!?」
話長いから、ミルンもミユンも御立腹だぞ。
お菓子が有るから寝ずに聞いていたけど、食べながらも、ずっとミルンの尻尾が椅子を叩いて苛々してるし、ミユンの足下には根っこがニョロニョロしてるし、触るな危険状態だ。
「魔王ねぇ、それっていつの話なんだ」
「およそ百五十年程前の話かと……」
そんなに昔じゃ無いじゃん……下手したら生きてるよねその魔王。
そもそも悪魔って聞いた事無いし、ジアストールと東の国々とじゃ言い方が違うとかかね。
うん、後で色々調べてみよう。
「それで爺さん、アンタはいつ不法入国してこの地へ来たんだ」
そこが今一番の問題だ。
どうりで、この国には無い家具や食器がある訳だよ。
「……五年程前ですかな、東の国の一つ和州国から帝国を経由して、まだ小さかったこの村に来たのです。もう争いは懲り懲りでしたから」
凄い遠回りしてる……誰か追っ手でもいたのか。
「その時の領主には……勿論報告とかをしてないよな。してたら必ず情報ある筈だし、前の村長とか居ただろ、その人はどうした」
「前村長は御高齢で、事情を話すと心良く我々を受け入れてくれました。もうお亡くなりになられております」
それが事実かどうかは分からないな。
だけど、町の人達を見る限り、誰一人不満を漏らす事なく働き、人間も獣族も関係なく暮らしている……だからこそ理解できん。
「どうして、この膨れっ面で目付きが悪い泥棒娘だけ差別するんだ。コイツが悪魔族だったとしても、別に悪い事なんて……盗みしかしてないだろ。畑仕事ぐらいやらせてあげろよ」
凄い渋い顔になってるぞ爺さん……。
「爺がシワシワになってるの……気持ち悪いです!」
「枯れ木のシワシワなの……栄養足りて無いの」
ミルンがストーレート過ぎるぞ、爺さん若干泣きそうじゃないか。
「村の者達は、特に獣族達は自分達が忌み嫌われていた為に、表立ってその娘を虐げる事は御座いません。しかし、この地の者の大半は東から来た者ばかり故、心の中ではその娘を嫌悪しており、その娘が作物を育てたとて誰も手に付けません」
泥棒娘、バイ菌扱いか……泥棒娘が作物育てても、買いたく無いし買う者が居ない。だから閉じ込めて、見えない場所に隔離して、ご飯だけ与えていたと。
「隔離していたにしては……泥棒娘、お前地味に頭良さそうだよな」
人の金盗んで直ぐに、中身が少ないってぼやいていたし、金勘定が出来ないとそんな事分からないぞ。
「あんなボロ小屋、直ぐに抜け出せるぞ。時々来ていた旅商人に色々教わってたんだ、金を払えば何でも売ってくれるからな」
「なるほど、盗んだ金で情報もとい知恵を買っていたと……泥棒娘凄いな」
普通なら欲しい物とか買いそうだけど、泥棒娘は欲しい物より、必要なモノを買っていたんだな、頭良すぎだろ泥棒なのに。
「お話終わった? 爺の玉潰すの!」
「パパ、この町埋める? 手伝うの!」
うーん、どうしようかなぁ。
この状況だけ見ると、東の者達がジアストールの国土を侵して、占領している風に見えちゃうし……実際占領してるし、だけどファンガーデンに来れない獣族達をちゃんと保護してる。
だけど。泥棒娘の様な一部の種族を嫌悪して、不利益を生じさせてるし……徴収する税金次第かなぁ。
「爺さん、獣族達の保護と、自立できる様に職を与えている事を継続するなら、この町は潰さずに置いておく。しかし、これからはちゃんと税を納めろ。ファンガーデンで鍛えた徴税官をこの町に常駐させるから、これからは誤魔化しは出来ないと思え」
「寛大な御処置に感謝致します領主様……」
爺さん、頭下げて顔見えない様にしてるけど、悔しさが体に表れてるぞーい。
「んで、泥棒娘は俺達が引き取るからよろ」
「──はぁ?」
「お父さんにまた娘が……妹以外要らないの」
「パパは節操無しなの……その娘は肥料にするの!」
「俺、いつまで縛られたままなんだ……」
それじゃあ、影さん呼んで馬車をファンガーデンに運んで貰うか。俺達は緑化魔法でショートカット帰還ですね。