語りべの精霊.6
俺は、何を見ているんだろうか。
およそ四ヶ月ぶりにファンガーデンに帰って来たのだが、日が沈みかけているにも関わらず都市が暗く、何と言うか……色々ヤバい。
世界樹が在る湖を囲む様に火が灯り、同じ様に人間、羽人、猫人、犬人、馬人がその湖を囲む様に並び、『世界樹様世界樹様お願いします』と神に祈る様に跪き首を垂れている。
「えっ、ここファンガーデンだよな……」
まるで邪教徒の巣穴に単独で忍び込んだかの様な寒気が襲ってくるけど、ちらほら見知った顔が居るから間違い無くファンガーデンだ。
湖を囲んで居るその住民達は、目が虚で口から涎を垂らしており、世界樹に向かってるただひたすらに何かを懇願している。
「怖えぇ……何がどうなってるのこれ……」
ドゥシャやシャルネは、王都にルシィを置いてくるからまだ帰ってないな。
それにしても、一体なんの儀式だよこれ……魔王でも復活しそうなほど怖い雰囲気だぞ。
「世界樹様ーミユンを消さないで下さいー」
あっ、嫌なモノを見てしまった……。
「ミユンも消えたく無いのー世界樹様お願いしますー」
「世界樹様ー我もお願いするのぢゃぁー」
ミルンとミユン、黒姫が、一段高い祭壇に上って世界樹に御祈りを捧げているんだけど、位置的に一番偉い教祖だよね……。
「よし、家に帰って寝ようか……」
明日の朝にこの惨状を聞けば良いし、何より今話しかけたら不味い気がする。
触らぬ神に祟り無しって言うし、俺はあの中に絶対に混ざりたく無い。
「あれっ、流にーちゃんやん帰ってたんか?」
「──っ静かにしろリティナっ」
リティナの口を塞ぎ近くの路地裏へと押し込んで──、儀式をしている奴らを見て一息吐く。
「何すんねん流にーちゃんっ、おどれ発情期か!」
「頼むから静かにしてくれ。アレどう言う事なのあの儀式、めっちゃ怖いんだけど。いつからファンガーデンが邪教の巣になったんだよっ」
リティナは意味が分からないかの様に腕を組んで考えているが、絶対碌な事考えてないだろこのなんちゃって聖女。
「そうか、流にーちゃん知らんのも当然やわ。あの儀式はな、なんやミユンを消さへん様に世界樹様にお願いしとるだけやで」
「ミユンを消さない様にお願いしてる? 余計意味分からないんだけど……、取り敢えず家の中で聞かせてくれ」
あの儀式が視界に入るたびに、俺のメンタルがゴリゴリ削られていきますからね。
「ウチの身体は安く無い『まな板は範囲外なので大丈夫だ──っ、拳を向けるなよ危ないなっ』クソっ、無駄に能力あげよってからに」
別に殴られても平気なほど頑丈ステ上がってるけど、やっぱり条件反射で避けちゃうよね。
久々の我が家に帰って来て紅茶を淹れ、リティナの分も出してお座りミルン像を撫で撫で。
「なんや最後の動きは……」
「俺のルーティンだ気にするな。それで、あの儀式が何なのか説明を頼む」
俺が不在の間に一体何が起きたのか。
◇ ◇ ◇
「はぁ……ミユンが俺に何かを伝える為に妖精から精霊になって、内容を話す話さないどちらにしても消えちゃうから、上位精霊の位に値する世界樹に消さない様に頼み込んでいると……」
ミユンって不思議な存在だと思ってたけど、そんなバッドエンドまっしぐらな精霊だったなんて……俺に何を伝えたいんだ?
「せやから一月程かけて祭壇を完成させて、代表代理の権限で夕暮れに必ず祈りを捧げる様命令したんや。都市の連中も、魔王の娘の命令やから納得して力を貸してくれとるわ」
職権濫用ここに極めりだな……。
そういや俺辺境伯になったから、ミルンは立場的に完璧な御嬢様になったんだよなぁ。
「仕方無い……手伝ってくれている人達に、俺からも一人当たり銀貨一枚ずつ渡そう」
パッと見ただけで千人以上居たから……それだけで一千万ストールが飛んでいくよね。金持ってて良かったよマジで……。
「そうだ忘れる前に、リティナ宛でアズヴォルド辺境伯が来るから、その娘のノイズ嬢の傷痕を治療頼むわ。謝礼金はしっかり払うって言ってたから、宜しくな」
「マジかいな!? そりゃ助かるわ! ミルンの支払いでウチ今カツカツやねん! ニアばっかりに奢らせとるからバッチ来いやな」
えっ、ミルンへの支払いって何俺知らない。
いつの間にミルンは消費者金融業始めたんだよ、ちょっと見てみたいな。パーカー着て無慈悲にお金を取立てるケモ耳幼女……、絶対可愛いだろ。
「それならな流にーちゃん……そのアズヴォルド辺境伯から貰う謝礼な、ミルンに内緒でお願いしたいんやけどぉ……」
そんなに取立て凄いのか……「いいぞ」
「よっしゃ! そんならノイズ嬢来たらパパッと治療したるさかい任せとき!」
バレても俺は知らないからな。
ミルンは無垢な元気っ子に加えて頭が良いし勘もいいから……嫌、何も言うまい。
「謝礼金は幾らやろなぁ、金貨二百は下ら『そこから四十貰うの』んやろなぁあああああ!?」
成程、出入口を使わずに二階窓から気配を消して入って来たなミルン。
「なんでミルンがおんねんな! まだ儀式の途中やろ!」
「リティナが居ないから気になって探したの。お父さんの匂いと一緒だったから、怪しいと思ってこっそり聞いてました」
ミルンの動体視力と嗅覚は凄いからなぁ。
隠れんぼしたら直ぐ見つかるもん。
「そんなアホなぁ……謝礼金が減るやん……」
「リティナは脇が甘いの、ミルンはしっかりと取立てます! お父さんお帰り──!」
ミルンが俺の胸に飛び込んで──来たと思ったら即肩の上に移動したぞ何今の動き!?
「お父さんも今から世界樹に御祈りしに行くの、絶対に逃さないの!」
「あぁ、俺を逃さない様にする為なのね……、流石ですミルンさん」
世界樹の守護者っていう称号もある事だし、ミルンからは逃げられないから俺も御祈りぐらいはするか。
でも、せめて明るいうちに祈ろうねミルン、邪教徒っぽいのはメンタル死ぬからさ。