語りべの精霊.2
黒姫からお話を聞いて日が落ちて暗くなった時、『はっ、ご飯の時間なの!』ってミユンがようやく目を覚ました。
ご飯の時間にピッタリ目を覚ますとは、さすがミルンの妹です。
「何か……大事な事を思い出した様な……何だっけ?」
ミユンの記憶もいい感じに消えてるの。
黒姫の拳は良いお仕事したの。
「ミユン、そんな事よりご飯を食べるの! 今日は牛さんステーキなの!」
「影の一人が作ってくれたのぢゃ」
ミユンを引っ張って一階へ向かい、テーブルの上にズドンッと置かれている焼き肉の塊を見て涎が止まらないの。
「待ってたで御座る。本日はドゥシャ殿に代わり拙者が食事番を致します故、何か至らぬ所が御座りましたら申し訳御座りませぬ」
影の中で一番の変人が来たのかな。喋り方が変だし、影の特徴である黒外套も若干形が違うの。
「大丈夫ぢゃミルン。此奴は影共の中でもまともな部類の影で、他の影共よりも料理が出来る影なのぢゃ」
いつも影達に弄くり回されている黒姫が言うのなら大丈夫なのだろうけど、何処の喋り方だろうか気になるの。
「変な喋り方してるの! なんで?」
ミユンが聞いてくれたの。
流石私の妹です。
「それはですな、東の古き書物を読んでおりましたらいつの間にやらこの様な喋り方になっておりまして、なかなか元に戻らぬので御座るよ、不思議で御座るな」
本を読むだけで変な喋り方になるの? その本絶対に呪いの本なの!
「二人共気にし過ぎなのぢゃ、早よ喰わぬと冷めてしまうのぢゃ」
「そうだった、牛さんなの!」
「確かに今は呪いの本より牛さんなの!」
「姫よ……別に拙者が読んだ書物には呪いはかかっておりませぬが……」
影が何か言ってるけど今はお肉です。
「頂きますのぢゃぁ」
「頂きます!」
「頂きます!」
「ミルン姫とミユン姫が双子に見えるで御座る」
双子じゃ無いの! 姉妹です。
中々美味しいお肉『ムグムグ』なの。味付けが今までよりも遥かに良いの……。この香りは魚醤を使っているの。
「牛に魚醤とは、中々新鮮なのぢゃ」
「もちゅもちゅちゅ──っ!!」
「ムグ……ミユンがお肉を吸ってるの!?」
「えっ怖いで御座るよこの姫!?」
ミユンがまるで飲み物の様にお肉を吸って、そのお肉がどんどん削れていってる……。
「ミルンも負けないの! ムゴムゴムゴムゴ!」
「もちゅ──っ! もちゅ──っ!」
「姫二人共恐ろしいで御座る……」
「何をしとるのぢゃ……」
このミルンの胃袋を舐めちゃ駄目なの!
ミユンには姉として負けられない!
◇ ◇ ◇
黒姫のお顔ぐらいあったお肉だけどあまりお腹に溜まらない……けど、お父さん曰く腹八分目が丁度良いって言ってたから、ご馳走様でしたなの。
「あと十皿はイケるけどご馳走様でした」
「ミルンお姉ちゃんが食べ終わるならミユンもご馳走様でした」
「姫達のお腹はどうなってるので御座るか……」
「あまり気にせんで良いと思うのぢゃ、ミルンとミユンは我の数十倍は食えるからのぅ」
影が手をプルプルさせて驚いてるけど、お父さんなら──『えっ、まだまだ食えるだろ?』って心配しながらお肉をだすの。
「ミユン! ご飯を食べたら歯を磨きます」
「了解しましたミルンお姉ちゃん!」
「拙者は何を見ておるのだろうか……」
「気にしたら負けぢゃ」
ミユンを連れて歯を磨き白く光らせたら、影のお皿洗いを手伝って、その後は夜のまったりタイムです。
と言ってもミユンは先に『寝不足はお肌にわるいの』と言って寝たので、黒姫と二人で盤上ゲームをしています。
お父さんが住んでいた世界で昔からあるゲームらしく、王を討ち取ったら勝利という何とも現代味溢れるゲームなの。
「ぬぅ……コレをこうしてアレぢゃから……」
黒姫はずっと頭を悩ませて考えているけど、今のところ八対一でミルンの圧勝です。一回は黒姫にお情けで勝たせてあげました。二回目は無い……絶対に。
「ねえ黒姫、お昼過ぎに言ってた『語りべの精霊』って、記憶が戻ってお父さんにお話ししちゃったら、消えちゃうんだよね……」
「ぬぅ……んっ? そうぢゃ。語りを終えれば存在意義を失い、そうなれば自らを保てず朽ち果てるのみなのぢゃ」
となると、お父さんが帰ってきて何かの拍子にミユンの記憶が戻ったら、ミユンが消えちゃう……「そんなのは駄目だ……」
「えっ、我のこの駒は駄目なのぢゃ?」
どうにかして、ミユンが消えないで済む方法を考えないといけないの……。
「頭が痛いの……」
「ほぅ、この手が弱点なのぢゃな!」
誰か詳しそうな人は「王手なの」居ないだろうか。
「のぢゃ!?」
ミユンはミルンが絶対に護るの。
消させやしない。