帰ってお茶を濁しましょう.2
凄ぇ……左目で見たら何も居ないのに、右目で見たら結構な数の小人が見える……。何かこっち見てコソコソ話をしているけど、言語が違うのか何言ってるか分からん。
「だから──温泉は無かったの! 前は有った? それはいつの──二百年前!? それは前に有ったとは言わないの! 大昔なの!!」
ミユンは普通に会話してるけど、小人はずっと『ぴ──ぴぴっ!』みたいな事しか言ってないのに、良く理解できるな。モールス信号か?
「それで、流にーちゃんはこれからどうすんの。あんた、アルカディアスに行くって言っときながらこんな所おったら、絶対ドゥシャはんとか黒姫が心配しとるやろ」
それな──ぶっちゃけあと三ヶ月はここに居たいんだけど、駄目だろうか。
「お父さん、ドゥシャ心配させちゃ駄目。あまり長くここに居たら、ドゥシャが怒るの!」
「あの女の人は怒ると怖いの! 黒い姿の人達の中に放り込まれるの!」
ドゥシャさんか……怒らせたら怖いだろうけど、俺の事を良く知ってる筈だし、黒姫も付いているだろうから──大丈夫だろ。
「俺は少し、この場所を開拓したいんだよ。ファンガーデンから、世界樹を使ってこっちに来れるなら、何か有った際の避難所としても使えるし、帰る時は人魚達に海を案内して貰えばいけるから……どうだろうか?」
「お父さん。それはちゃんと、女王に相談しないと駄目なの。あの人絶対ブーブー言うの……」
「ミルンさんの言う通りですよ流さん。下手をしたら、国家反逆罪になりますよぉ」
面倒な……別にルシィと戦争する訳じゃあるまいし、それで国家反逆罪になるのなら……、ミルンや黒姫を連れてここに移住すれば良いだけの話では……「それだニアノールさん!!」
「魔王が悪い顔になったの──!」
「お父さん絶対ここに住む気なの……」
流石ミルン……俺の考えを読んだな。
「この大地が何処まで続いとるか分からんけど、そないな事したら新しい国やん……」
「流さんが王になるんですかぁ……」
リティナとニアノールさんは何か不満そうに顔をしかめてる……。別に王になるつもりも無いし、治める気も無い。税金がかからない俺だけの土地に、魅力を感じているだけだからな。
「じゃあ……一度ドゥシャさんと合流して、無事な事を報告しておくか」
「ドゥシャとまたここに来るの!」
「黒姫お姉ちゃんも一緒に来るの!」
◇ ◇ ◇
はい。意気揚々と帰るつもりだったんです。
遭難してから二週間越え……心配しない訳が無いですよね。
帰ろうと人魚達の居る海岸に向かっていたら、なんと──ドゥシャさんと黒姫が簡易小屋の近くで焚火をしている姿が見えたので、「おーい、久しぶりー」と声を出して呼びかけたら『黒姫様確保を!!』とドゥシャさんが叫び、『逃さんのじゃ魔王よ!!』と黒姫が全力でアタックして来て、訳が分からないままに捕まり、二人の前で正座しています。
「旦那様。今回ミルン御嬢様の暴走とはいえ、帰る手段が出来たのなら一度帰って頂ければ、この様な事をせずに済むのです。伴侶の候補者としてでは無く、一個人として申し上げますれば、旦那様は一度、私共がどれ程心配していたのかを考えて頂けますでしょうか。もし万が一旦那様の身に危険が及べば、せっかくあそこまで大きくなった都市ですら存続が危ういのです。ご自身の御立場をもっと御理解下さいませ」
「はい……」
「魔王よ。今回我は──ずっとドゥシャを背に乗せ飛んでおったのじゃ。すると遥か昔に失われた筈の魔法が見えて、まさか『神戦』が再開されたのかと肝を冷やして爆速で来たのじゃ。するとどうじゃ──人魚共はのんびりと育児をしておるし、戦いの気配が無く、寧ろ神聖な気で覆われた大地を見て、我は頭が痛くなったのじゃ。しかも魔王の其の右目……適合者になっておるでは無いかや。我と友であった魔王も適合者であったが、お主の様に目の色が変わる程では無かったのじゃ。我の今の気持ちを察してくれぬか? 今回のコレは、流石に我は擁護出来ぬのじゃ」
「はい……」
二人に延々と説教されてるんだけど、俺は絶対に言い訳をしない。だって二人共怖いし、言い訳したら説教が延びそうだから。でも──コレだけは二人に言っておこう。
「心配かけてすみませんでした!!」
正座から土下座に移行だ。
この時必ず、額を地面に擦り付けて必死さをアピールして、相手がたじろぐまで絶対顔を上げない事。そして、相手がもう良いかと心を許した瞬間に──逆襲するんだ!!
「お父さん絶対反省してないの!」
「魔王は分かりやすいの!」
ミルン、ミユン、静かにしてくれ。
俺は今、自分に課せられた良く分からない責務から、逃れるチャンスを狙っているんだ。
「旦那様……何を狙っているのですか?」
「魔王、何を考えておるのじゃ……」
くっ、ミルンとミユンが余計な事を言った所為で、二人が怪しんでいる……これは、言うしか無いよな。
「心配かけたのは悪いと思ってる。だけど俺は、ドゥシャさんが言う様な立場の人間じゃ無いし、勝手に国に縛り付けられても困る。幸いここはジアストールじゃ無いし、なんだったらここに住もうかな──とも考えてるんだけど、俺──間違った事言ってるか?」
「流にーちゃんが……、良く分からん正論かまして逃げようとしとるでニア……」
「ある意味天才ですよねぇ。でも、そうなるとファンガーデンが他貴族に絶対狙われますよぉ」
そこは村長が居るから大丈夫だろう。
桃色お化けも暮らしているし、他貴族や他国が攻めて来ても、ぶっちゃけ戦力的には問題無いし、俺は御役御免で良いと思う。
「旦那様……あの地の者達を見捨てるので?」
ドゥシャさんの目付きが鋭くなったな……。ミルンのメイド兼俺の嫁候補って話だけど、暗部だからな……。何か有れば、俺を始末する様ルシィに言われててもおかしくない。
「捨てるも何も俺の物じゃ無いからな。消炭にした分以上の働きはしたし、ケモ耳達も幸せそうに暮らしている。俺の役目は終わっただろ?」
だからのんびりとスローライフだぞ。
もう働きませんからね。
ファンガーデンで一住民としてのんびり過ごし、時々ここに来てキャンプをする!! これぞ──ニートライフだ!!
「お父さん……ドゥシャが勘違いするの」
「魔王は言葉足らずなの!」
「魔王は馬鹿なのじゃ……」
「流にーちゃんはやっぱり馬鹿やなぁ」
「流さんらしいですけどねぇ」
周りが煩いんですけど……。
「旦那様、御覚悟を──来なさい影達──」
いやいや影さん達呼んでも意味ないでしょ。
どう見てもドゥシャさん一人だし、呼んだところ……で……何で居るの影さん達!?
「マジか……どうやってんのそれっ」
ドゥシャさんが呼んだ瞬間、十名の影さん達が俺の周りを囲む様に現れたんだけど、これって──召喚の類なのかねぇ。
「影達、旦那様を逃がさぬ様拘束なさい。せっかくですので、既成事実をここで作りましょう」
ドゥシャさん……今何て言った……?
「ドゥシャさん……今何て言った……?」
「今この場で契りを結べば、旦那様は逃げる事が出来ませんので、御覚悟を……」
うん。別の意味でヤバいよね……俺。
大丈夫、今の俺ならこんな時でも、冷静に状況を把握して────
「全力威圧っ、からの──全力ダッシュだらぁああああああああああああ────!!」
────威圧で影さん達がたじろいだ瞬間に山へと走り出し、ちゃんとミルンとミユンを拾い上げてあの遺跡へと滑りこんで、奥へと進み、壁を作って入口を塞いで籠城です。
「お父さんドゥシャ嫌い?」
「魔王はウブなの!」
ドゥシャさんの事は嫌いじゃ無いけど、既成事実婚で自由が無くなるのは嫌だ!!
「誰か……助けてくれぇ……」