働きたくない症候群.3
ミルンと黒姫が、ミユンなる幼児をあやしながらも──、まだか、まだなのかと涎を垂らしながら、燻製肉が出来上がるのをまっている。
ただし、目線がミユンの方を向いているので、側から見たら、ミルンと黒姫がミユンを見て、涎を垂らしている様にも見え……、何と言うか、非常に怖い……。
「お肉まだかなぁ……、じゅるりっ」
「たえやえゆのっ──!」
「まだなのぢゃぁぁぁじゅるっ」
うん……。二人に挟まれてるから、ミユンも、自分が食べられるのでは? と心配している様で、俺に小さい手を向けて、助けを求めているが……、すまん。
今のミルンと黒姫を、下手に刺激したら、コッチに矛先が向くので、そのまま二人に挟まれていて欲しい。
それにしても、このミユンなる幼児……。観察していると、色々と不思議に思う。
肩まである髪は、まるで太陽から、陽の光を取り込んでいるかの様な、淡い緑色。
こっちを見てくるその瞳にも、同じ色を宿し、背中には四枚の小さな羽根。
「こんな種族……、ここに居たかなぁ……」
大きくなったら、さぞ美女に成るであろうその可愛いお顔が、ミルンと黒姫にぷにぷにされて、若干の赤みを帯びている。
「黒姫と違うの! ぷにぷに」
「やぁう!」
「もちもちなのぢゃぁ……、ぷにぷに」
おっと──、獣耳角っ子羽根っ子の、ほっこりする姿に気を取られていた────出来たかなぁっと……、良い感じだ!!
「お肉なの!!」
「おにゅきゅ!」
「お肉なのぢゃ!!」
一斉に肉を見るなよ怖いから……。
流石に幼児には──、塩分濃すぎないかな。
試しに……、切り分けて、端っこを味見味見……、むぐむぐ……、視線が凄いっ。
「酒のお供には最高だな。まぁ、これぐらいなら大丈夫だろ」
皿に盛り付け、お野菜も添えて────ミルン、黒姫、ミユン? の目の前にそっ……と置いてから、様子を見る。
皿に盛り付けられた、香ばしい匂いに、ミルンは涎が滝となり、黒姫の瞳孔が縦に割れ、ミユンはまだなのかと、小さな手を忙しなく動かしている────『どうぞ────』
召し上がれ──と言う前に、三人が肉を凄い勢いで食べ始めた。
「いつもと違う旨さなのっムグムグッ」
「おにゅきゅムチュムチュうみゃ!」
「酒をよこすのじゃ魔王っ! 早よ早よ!」
ミルンとミユンは肉に夢中になってるが、黒姫さんや……、デカくなって迄呑みたいのか。
「一杯だけなら呑んで良しっ、ほらよ──」
大事な酒樽から、コップに酒を注いで黒姫に渡すと直ぐ────『んぐっんぐっんぐっ──ぷっはぁあああ────っもう一杯じゃ!!』
「一杯だけって言っただろ、やらんぞ」
繁華街で大量買いした安酒だけど、俺の楽しみでもあるし、何樽かは寝かせて熟成させてみたいから、あまり消費出来ない。
「そんな事言うで無いぞ魔王よ! あと一杯! あと一杯だけで良いからの! 今度はちびちびと呑むからお願いなのじゃぁあああ──!!」
くっ……!? 胸が近いっ、顔が近いっ、大人バージョンの黒姫の破壊力がヤバ過ぎて────!? ……ミルンがこっちを凝視している……、これは非常に不味いぞクソっ!!
「分かったから離れろ黒姫──!! ほれっ、今度は大事に呑めよ!」
黒姫を引き剥がし、酒を渡して……、ミルンを見てみると、普通にムグムグと肉を食べていたよセ────フっ!!
「ケチな魔王なのじゃ。んくっ……、うむ。この肉には酒が一番じゃのぅ」
「おちゃけ──、のゆの!!」
いやいや、ミユンは幼児だから、くれくれポーズしても絶対あげないからね!!
「お酒は二十歳になってからなの! ムグムグ。だから駄目だよミユン! めっ、なの!!」
ミルンが────マトモな事を言っている。
以前俺が教えた事を、しっかりと周りの子供にも、教えてくれているんだなぁ……。
あれ……、涙が出てくるよ……。
嬉し涙で……、あって欲しいなぁ……。
「おれも食べよう……」
俺の分を切り分けて、お酒も一杯だけなら良いよねっ、とコップに注いで、さあ、いただきま────『発見したぞぉおおお────!!』
◇ ◇ ◇
これは……、ムグムグ……、非常に……、ムグムグ……、旨いな──とっ、ムグムグ。
「流君っ……、大人しく同行したまえ!!」
どうやって……、ムグムグ……、ここが分かったんだ……、ムグムグ……ぷは──っ。
「何でここが──、分かったんだ村長」
ミルンや黒姫がこの場所を喋る訳も無し。
ドゥシャに内緒で、こっそりとお肉を食べれる秘密基地だからな。
「遠くから煙が見えたものでな! まさかと思い、来てみたのだ!!」
あっ……。
「お父さんお馬鹿なのムグムグ」
「馬鹿なのじゃムグムグ」
「およかもよムチュムチュ」
三人共肉を口に入れたまま、のんびりしているんじゃありません!!
まぁ……、セーフハウスはまだ有るから良いけど、村長一人だけで来る訳が無いよな……、どこだ……。
「諦めたまえ流君! 流石の君でも、この包囲からは逃れられんぞ!!」
その言葉に俺は周囲を確認するが────誰も居ないし、足音も無い。
「さすが影達……全然居場所が分からないけど────っ、『威圧っ!!』これならどうよ!」
頭に角が生えるよ──、魔王モード全!開!
お──、お──、聞こえる聞こえる。
威圧の効果で、ミルン、黒姫、ミユンを除くここに居る全ての者へ、殺意では無いが、確固たる意志を放ち────それに反応して、身体が草木に擦れる音や、足音が良く聞こえる。
「ぬうっ!? 実際に受けてみるとっ、中々キツイではないか!!」
村長は何とか威圧を凌ぎ、だが、脚が震えて、顔には汗が滲み出ている。
逃げる────チャンスだよね!!
そう思い、全力ダッシュの予備動作に入ったその時────
「ミルン御嬢様! 旦那様を捕獲して頂きましたら! 一週間お肉食べ放題に御座います!!」
────その言葉を俺が理解する前に、ミルンが俺に飛びかかって来て、なぜか黒姫(大人バージョン)とミユンも加わり、俺は走る出鼻を挫かれ……予備動作の姿のまま固まった。
クラウチングスタートの姿勢ですね!
「クソっ、黒姫離れろ! お前がデカいから走れ無いんだよ!! せめて小さくなってから俺にしがみ付けよ────!!」
「お肉の為なのじゃぁ」
「お父さん……逃がさないの……お肉の為です」
「まよう! にやさやい!!」
くっ────さっきの声っ! ドゥシャさんかよっ……駄目だ。黒姫が邪魔なのと、ミルンの眼がヤバいし、ミユンに至っては、迷う肉野菜って何言ってるのか分からんっ。
ゆっくりと草村から歩いて来る人影……。
黒目黒髪に、森の中を進んで来たハズなのに、埃一つ無い、メイド服を着た、ジアストール国暗部のリーダー? ドゥシャさんが現れた。
「旦那様、諦めて下さいませ。開通式を延長しておりますので、参りましょう」
嫌だぁあああ──っ!! もう働きたく無いんだよぉおおお────!!
叫び声をあげようとしたが、何処から音も無く現れた影さん達によって、一瞬で簀巻きにされた俺は……、『む────っ!!』必死の抵抗も虚しく、開通式の場へと、担がれて行った。