間話 ドゥシャの一日.3
ふぅ……。と溜息を吐きながら、影達の再教育を終えたドゥシャは、若干の疲れを感じながら、気分転換の為散歩をしていた。
「この木も、大きくなりましたね」
城塞都市ファンガーデンの中心で、湖の水を吸いながら育つ、巨大な木。
旦那様いわく、世界樹との事ですが、一体どれ程の大きさまで育つのか、見当がつかない。
そんな事を思いながら、その湖にそって歩いていたら、誰かが水浴びをしている。いや、水浴びでは無く……何かを拾っている。
「そっちやニア。ぷかぷか葉っぱ浮いとるから、傷付けたらアカンでっ」
「分かってますよぉリティナ様」
確か、あのお二方は……聖女リティナ様に、お付きのメイドの、ニアノール様でしたか。
お二人には以前、黒姫様と御使が戦っていた時、旦那様の指示で、住民達を避難させる際に、転んだり、ぶつかったりして、怪我を負った方達を、治療して頂いた恩が御座います。
「一体……何をされているのでしょうか」
嬉々として、一心不乱に、湖の浅瀬で何かを掬い上げては籠に入れ、掴んでは籠に入れ、その姿はまるで、宝を拾う盗賊の様である。
「うぉ!? ニア!枝が向こうに浮いとるから、取ってくるわ────っ、足つかへん!?」
「今行きますよぉ────」
私は、何を見ているのでしょう。
「あとも──ちょいっ」
「無理ですよぅリティナ様」
そう言えば、旦那様が死にかけた際、世界樹の雫の治療薬を使って、助かったのでしたね。
その見返りとして、ここでの採取を許可されたと……。確か、自然と落ちて来た葉か、枝以外は採取禁止との事でしたでしょうか。
まあ、葉っぱ一枚ですら、城一つ建つのですから、頑張って集めるには理解できますが、余り深い所に行くと────やっぱり。
「なんや!?根っこが邪魔して来おるやんっ!」
「枝が離れていきますぅ、リティナ様」
世界樹と言うからには、何がしらの意思が有るのか。近づけば近づく程、根っこが絡みつき、下手をすれば、水の中へと引き込まれる。
あの感じは……遊ばれてますね。
枝が、聖女リティナ様の近くを、流れてくるたびに、根っこが邪魔をして取らせず、枝が離れたら、根っこも引っ込む。
それを何度も繰り返して、結局、聖女リティナ様の体力が尽きて、ニアノール様が引っ張り、湖の浅瀬に戻って来た。
「なんや世界樹のヤツっ。ケチやん!」
「でもぉリティナ様。葉っぱがいっぱい取れましたから、枝は諦めましょうよぉ」
ニアノール様の言う通りでしょう。
いくら試しても、遊ばれるだけですね。
「諦める訳ないやん! もっかい行くでニア!」
「待って下さいよぉ──」
どうぞ、怪我のない様に。
世界樹も、遊んでいるだけで、聖女様に危害を加える感じでは無さそうですし、先へ行きましょうか。
後で聞いた話では、夜遅くまで、世界樹と聖女リティナ様との戦いが、続いていたとの事。
枝が取れたかどうかは、知らされていない。
◇ ◇ ◇
おかしいですね。
気分転換に散歩している筈が、若干の疲れを感じてしまっている様です。先程のお二方の所為でしょうか。
ゆっくりと、露店に並べられた商品を見ながらも、周囲を観察する。
今のところは、大丈夫そうですか……。門での、人と物の取り締まりが、しっかりと機能しておりますね。
ドゥシャが気にしている事。それは、北の帝国や、東のルノサイヤ等の国々、南のノーザン連邦からの間者の存在。
アルカディアスからシャルネが来た様に、他国からも、何者かが侵入するやも知れない。
北と南は辺境伯領となっており、護りも堅い為、それ程心配はしていませんが、念には念を入れて、確認をしないといけませんからね。
「シャルネの様な化物が、そう何人も居るとは、思えませんけどね……」
何人も居たら、シャルネをぶつけましょう。
「あっ、ドゥシャだ────」
おや、ミルン御嬢様が、走ってこられますね。手には……黒姫様の角を握って、黒姫様を引き摺りながら……。
「今日の散策はいかがですかミルン御嬢様」
「今日はコレを見つけたの!」
コレは……。
ミルン御嬢様の手に握られた物。
森の妖精が刻印された古いコイン。
東の国のいずれかに。妖精を信奉する国があり、そこで流通する金貨であった筈。
「ミルン御嬢様。そのコインをどちらで、手に入れられましたでしょうか」
この場所にある筈が無い。
あってはならない物の一つ。
「のぢゃぁ……うぷっ……」
報告にあった通り、黒姫様は酒樽を呑んで、今にも噴水になりそうですね。
「黒姫がお酒呑んでた時に、お客さんから貰ったの。面白いモノを、見せてくれたお礼だって」
その客……歓楽街ですか。
少し様子を見に行かないと、いけませんね。
まったく……あの二人の影は、何をしていたのか。黒姫様を見ていたのなら、怪しい人物も確認している筈なのに。
それとも、東の国を担当していた影が、見逃したのでしょうか……。
「感謝致します、ミルン御嬢様。また何か御座いましたら、教えて頂けますでしょうか」
「お肉くれるなら!」
流石で御座いますミルン御嬢様。
無料では情報を提供しない。
影の鉄則をご存知の様で。
「畏まりました。今日の夕食にでも、お作りさせて頂きます」
その言葉で、ミルン御嬢様の、耳と尻尾が機嫌良く揺れ、また何処かへと走って行かれた。
黒姫様を引き摺りながら。
では……確認しに向かいましょう。