間話 ドゥシャの一日.2
「さてと、これで掃除も終わりましたし、準備してから行きませんとね」
窓枠から部屋の角まで、塵一つ残さずに掃除を終えたドゥシャは、メイド姿のまま家を離れて、ファンガーデンの東側門へと足を運ぶ。
東側は、流が商業区として、鍛治、建築、食料の売買や、倉庫等、いわゆるファンガーデン内の物資の流通拠点として機能している。その為、出入りの商人や、居住区の住人など、人の往来が多く、情報を集める場所としては、最適な環境と言える。
「……今日は何処でしょうか」
そんな中、ドゥシャは大きな通りから逸れて、入り組んだ小道に入り、小さな倉庫の前で立ち止まると、取り付けられた簡易の扉を、軽くノックしてから中へと入った。
倉庫内には、木箱等が山積みにされているのみで、それ以外の物も無く、誰も居ない。
「さてと……影達、来なさい」
そう言うと、今迄誰も居なかった部屋に、まるで初めからそこに居たかの様に、影達が姿を現す。
呼応転送。
影達が持つ、秘匿スキルの一つ。
特定の人物からの呼び出しに、自動で反応して、その呼んだ者の近くへと、自らを転送する護衛に適したスキル。
但し、行きのみ。
帰りは、自らの足で出ていかなければならない為、遠方から呼ばれて来てみたら、お茶を用意しろだの、歌を聴かせろだの、話し相手になれだのと、馬鹿らしい命令で呼ばれた日には、呼び出した相手を、おちょくり、翻弄し、苛々させてから、普通に出て行く。
そんな理由で呼ぶな。と言う忠告も兼ねているが、ぶっちゃけ、このスキルの存在をを知っているのは、前任者の影院長を含めた、暗部の人員のみであり、女王にすら知られていない。
知らせても良いのだが、影いわく────
『教えてしまっては、面白みが無いでしょう影』
────とか、他には────
『あの突っ込みが、楽しみの一つなのです影』
────と言った、いわゆるストレス発散にもなっている為、女王が不憫である。
「影達、本日の報告を順になさい」
そう言う訳で、呼ぶ場所さえ気を付ければ、誰に知られるでも無く、集まる事が出来る。
「では影から。本日のミルン御嬢様の、尻尾の毛並みレベルは三。健康そのものです」
んっ……?
「次は影から。歓楽街にて、ぷにっと黒姫様が従業員に捕まり、ぷにぷにされておりました」
んんっ……?
「影から補足を。黒姫様が、勝手にお客様に出すお酒を、樽ごと呑んだ為との事」
ん────っ。
「次は私っすね影。流様の作業は、順調そのものです。休憩時のお菓子は、美味かったっす」
えっ……。
「次は影だな。アルカディアスは問題無しです。一時は、王妃がやらかしそうになりましたが、レイズ国王が其れを宥め、ファンガーデンとの交易の準備を進めております」
大変素晴らしい報告です。
「次は拙者に御座いますな。北の帝国は……ちと、きな臭くなって来ておりまする。総統が亡くなり、跡目争いにてここ、ジアストールへ、流民が増加の一方で御座りまするな影」
んっ……喋り方が……まあ、良いでしょう。
「報告致します影。東は変わらず。小さな国ばかりなので、滅ぼそうと思えば、影一人でも可能かと……やりますか影」
やらなくていいです。
等々、影達からの報告を順に聞いて行き、最初の四名の影以外は、比較的まともな報告で、少しだけ安堵した。
「以上。報告を終わります、ドゥシャ様」
この四名の影は、再教育確定ですね……どうして、こうなったのか。
「宜しい。そこの影と、影と、影と、影。貴女達は残りなさい。他の影は、二日間の休養を与えます。その後に任務を継続、以上。解散」
その言葉と共に一人の影を除いて、列を成して、普通に扉から出て行く姿に、ドゥシャは軽く目眩を覚えた。
「影達、来なさい」
結局、列に加わらず、一人通気口から出て行った影以外の影達は、倉庫内にてみっちりと、再教育をする事となった。
因みに、一人休養を貰えた影は、誰かと言うと、変な喋り方を覚えてしまっていた、影であった。