間話 ドゥシャの一日.1
メイドの朝は早い。
まだ外が薄暗い時間に起床して、身嗜みを整え、一度外へと出て、軽い運動をする。
この都市は広い。
城壁へと行くまでに相当な距離があり、城壁も高い為、鍛錬に丁度良い。などと思いながら、城壁を駆け上がり、最上部の通路へと到着した。
「旦那様のスピードには追いつけませんか……まだまだ、鍛えなければなりませんね」
あの時、上空で、御使と黒姫様が戦われていた際に、旦那様がお戻りになられ、指示を仰ぐ為追いかけた時、間違い無く私以上の速さが出ていた。ジアストールの暗部であり、そのリーダーでも有る私よりもだ。
初めて王宮でお会いした際は、間違い無く私の方が、遥かに強かったのに、今では他国の御令嬢にまでも負ける始末。
「それでも、院長ならば勝てるのでしょうね」
孤児院の院長。
元暗部のリーダーであり、歴代の中でも最上位。それこそ、黒姫様を封じ込めた彼の方よりも強い影。
「なぜ、戦われ無いのでしょうか」
城壁の上を、ただひたすら走りながら考えるが、あの院長の思考を読む事自体不可能だ。なんならあの眼のチカラで、逆に丸裸にされてしまう。
「ふぅ……戻って朝食の準備をしませんと」
遠くから日の光が若干見えた為、運動を切り上げて、勢い良く城壁の上から飛び降り、音も無く、風すら起こさずに着地する。
家へと戻り、再度身嗜みを確認してから、手を洗い、口を嗽ぎ、朝食に使う食材を見てみる。
「何に致しましょうか……」
ミルン御嬢様は、間違い無くお肉を所望される筈ですので、パンに少量のお野菜とお肉を挟んで、付け合わせにスープと致しましょう。
「朝はサッパリしたお肉が良いですね」
コカトリスの胸肉を一口大に切り分け、旦那様がお持ちになったタレを揉み込み、味を染み込ませる。そして、少し時間を置いてから、油をひいた浅い鍋に、先程のコカトリスのお肉を入れて、しっかりと火を通す。
旦那様いわく、食中毒なる毒を防ぐ為には、生食は厳禁で、ミルン御嬢様は生でもイケると仰られていましたが『それはミルンの胃腸がブラックホールだからだ!!』と、旦那様が御怒りになられていましたね。
ブラックホールとは魔法なのでしょうか。
おっと、焦げてしまわない様に気を付けながら、軽く冷ます為に皿へと移して、次はスープですね。
野菜が苦手なミルン御嬢様の為に、出来るだけ細かく切った野菜を、深めの鍋に入れて、水、塩少々、旦那様がお持ちになられた香辛料を入れて、煮込む。
沸騰しない様に気を付けながら、灰汁を取り、更に煮込む……後ろが騒がしいですね。
あぁ、また黒姫様ですか。
仕方無いですね。捕まえて影達に渡しましょう。毎度毎度、懲りないお方です。
「ムグムグ旨いのぢゃぁ」
「それは良う御座いました黒姫様」
そんな騒がしくも、どこか楽しい食卓が、私のチカラを、削いでいるのやも知れませんね。
結局、黒姫様はミルン御嬢様に捕まり、噴水の刑に処されたので、影達に渡すのは止めました。あの状態では、少し可哀想な気が致しましたので。
「んじゃ……いってきま──す」
ここ最近の旦那様は、ここファンガーデンと、アルカディアスを結ぶ陸路を作る為、死んだ魚の眼をしながら仕事へ向かわれる。
「行ってらっしゃいませ旦那様」
このやり取りを数日もしていると、既に婚姻を結んでいるのでは……と思わなくも無いですが、一向に旦那様が手をお出しにならないので、少し女としての自信を失っています。
「ドゥシャ、行って来ます!」
「のぢゃぁ……我も行くのぢゃ」
ミルン御嬢様と黒姫様は、この都市を探検する事が日課となっており、時折、影すら知らない情報をお持ちになるから驚きですね。
「行ってらっしゃいませ。お怪我のありません様、気を付けて下さいませ」
元気良く走って行かれた。
万が一、億が一、ミルン御嬢様に何かあれば、旦那様が怒り狂って、この都市が壊滅してしまうやも知れませんからね。
「いざとなれば黒姫様がおりますし、心配の必要は無いかとは存じますが。影、抜かり無き様」
シャルネの時の様な醜態は二度と見せない。
因みにシャルネ呼びは、温泉でオーガを殲滅してから、お互いに認め合い、同じ立場として呼び捨てにして欲しいと、シャルネから言われたので仕方なくですね。
「ドゥシャ……行って参りますわ」
最後はシャルネですか。
シャルネは特使として、このファンガーデンに常駐しており、本来は、用意された屋敷にて暮らさなければならないはずが、なぜかずっと同じ家で暮らしている。
「行ってらっしゃいシャルネ」
特使として、役場での仕事があるらしい。
出来ればそのまま、用意された屋敷へ行って欲しいが、今夜もまた、ここへ来るのであろう。
「さてと、お掃除でも致しましょう」
お昼迄には、終わらせませんとね。
ドゥシャさんストーリーです。
のんびりパートですね。
メイドさんです。
暗部さんです。
影さんの後釜です。
メイドさん……欲しいよね……みたいなノリ。