間話 温泉でのんびりと?
海洋国家アルカディアスと、城塞都市ファンガーデンの間に聳え立つ山々。その山の一つにある温泉に、黒姫を移動手段として来ています。
捕まえるのには苦労したんだ。
飛んで逃げたから、羽人達を総動員して、数で囲んで追い込んで、落ちた瞬間に、ドゥシャさんとシャルネ御嬢様をけしかけて、縛ってからの──必殺!撫で撫で黒姫を発動してから説得して、やっとの事で温泉に到着。
そんで……これが今の状況だ。
「のぢゃぁぁぁ……。のぢゃぁぁぁ……」
丸いお腹を空に向け、ぷかぷかと温泉を漂ようその姿には、龍って何だろうか?と思わずにはいられない。
「黒姫、おばちゃんみたいなの」
ミルンや、それは────間違ってないな。
黒姫は長生きさんだから、おばちゃんというよりも……仙人? ……妖怪ババア? ……妖女というのも有りか。
「我は龍なのぢゃあぁぁぁ……」
一切威厳を感じないぞ──黒姫さんや。
にしても、中々良い温泉だ。
ひらけた景色に、青空と、山々の緑が広がり、遙か先には城塞都市の城壁が見える。
「ここに温泉宿が有ればなぁ……いい湯だ」
まぁ……ここは魔物蔓延る異世界だし、こんな山奥に宿を建てても、誰も来ないし、来るのは魔物達ばかりだろうしなぁ。
「お肌ツヤツヤ!」
そうだねミルン。ミルンの尻尾も、何かサラサラになってる気がするし、ここの温泉の効能なのか、俺の疲れも取れて行くぞおぉぉぉ。
ミルンが犬掻きで泳いでる姿を見ながら、こんなにのんびり出来る日が、来るなんてなぁ。
唯一気になるのは、目の前のコイツだけ。
角が有り、薄い紫色の肌には細身ではあるが、しっかりと鍛え上げられた筋肉がついている。そして何より……お前女性だよね?と言わんばかりの御胸様。
「ジンゴ、リカイデキルノ、ワタシ……タケ」
まさかのオーガさん(雌)ですね。
この温泉地帯は、オーガの集落の一つであり、黒姫に乗って来た時に俺が居ると見るや、なぜかコイツを押し付けて来た。
「オーガって、もっとこう……モリモリした魔物ってな感じのイメージがあったんだけどな」
これじゃあ他の獣族と変わらないじゃん。
何で魔物に分類されてるんだ……どう見ても細マッチョな女性にしか見えない。
「なぁ黒姫。何でオーガは魔物扱いか、知っているか」
ぷかぷかとへそ天しながら浮いているが、間違い無く御高齢の物知り黒姫に、理由を聞いてみた。
「簡単ぢゃぁ。雄のオーガは、見た目がアレぢゃからのぅ……逆に、雌ならば、人とさほど変わりあるまいて。但しぃ気をつけるのぢゃあぁぁぁ……其奴らは、人を喰らうでのぅ」
へ──っ。人を喰らうねぇ……人を?
あのオーガさん、こっちを見て来るけど、別に、食べようとしてる訳じゃ無いよね。
食べる気なら、既に襲われててもおかしく無いし、大丈夫だよね。
「ドウシテ、バナレルノ」
離れて無いよ、ミルンの側に行くだけだ。
あ──嫌な事聞いてしまった……あの二人は大丈夫なんだろうか。
俺と入浴する訳にはいかないから、少し離れた場所で温泉に入っているあの二人を、ちょっとだけ心配する。
※
「ここは良い温泉ですね……」
「そうですわね、良い湯ですわぁ……」
勢いでついて来たものの、旦那様が混浴を『一緒に入るぐらいなら帰る!』とお断りになられた所為で、この様な者と二人きりで入浴する羽目になるとは……シャルネ御嬢様か。
海洋国家アルカディアス国王、レイズ、アルカディアスの一人娘……余り良い話を聞いた事がない、一種のバーサーカーですね。
私と影達を一蹴し、あの旦那様が危うく死にかけた程に、要注意の危険人物。
なにより、流れて来る噂が、馬鹿げている。
アルカディアス北東の片田舎に、百人を超える盗賊の一団が現れ、そこに居た者、主に男が殺され、女は慰みモノになり、子供は奴隷商に売られる寸前であった。
早馬が首都へ到着して、盗賊を討伐する為に兵を集めている最中、ふと、気付けばシャルネ御嬢様が居なくなっていた。
そして、兵が揃い、いざ出陣となり、その場所へと到着したら、そこには死体の山、山、山が重なり、生存者は皆無。いや、ただ一人だけ、感情の無い顔で、その死体を撫でている女性がいた。シャルネ御嬢様だ。
報告によれば、ただ一人で盗賊を壊滅させた後、そこで捕まっていた女、子供も容赦無く殺して、兵が来るのを待っていたらしい。
その時発した言葉が『遅過ぎますわ』のただの一言だけで、そのまま亡骸の処理を兵に任せ、一人だけ首都へと帰って行ったと言う。
まだ有る。
アルカディアスの裏の顔と称された、闇市場のボス、デゲイロと言う男がいた。
その男は、みずからの商いを成功させる為に、横領、賄賂、恐喝、略奪等、手段を選ばず、時には敵方の家族を攫って、弄ぶという外道中の外道であり、国の要職に就く者達にも多く仲間がいた。
その要職に就く者達が、王宮を歩いていると、前からシャルネ御嬢様が向かって来る。
道を開け、頭を下げて、シャルネ御嬢様が通り過ぎるのを待っていたら、一人、また一人とシャルネ御嬢様が歩く速さで、首が落ちて行き、最後の一人は震え上がり、逃げようとしたが、捕まり、そのままデゲイロの元へ連行されて行く。
そして、デゲイロの居る屋敷へと到着するや否や、要職者の首を跳ね、その首を屋敷の扉へと投げつけて扉を壊し、中へと侵入。
デゲイロも含め、全ての者が惨殺された。
その時、シャルネ御嬢様はまだ五歳である。
ジアストールの暗部が調べ上げた内容だけに、信じるしか無いが、これでも氷山の一角に過ぎない。
「シャルネ御嬢様。一つお聞きしても宜しいでしょうか……噂で聞いたのですが、盗賊を含めた村人全員を殺害した。と言うのは事実ですか」
せっかく二人きりですので、気になる事は聞いてみましょう。資料の確認の意味もありますしね。
「そうですね。いつの話かは覚えておりませんが、大体は全て処分しておりますわ」
殺す、では無く処分ですか……一つの作業をこなしていると言いたいのでしょうか。
その私の考えが愚かであったと、次にシャルネ御嬢様から発せられた言葉で、思い知らされた。
「いつも、いつも、手遅れですの。私が向かうと、既に民が殺されていて、残って居るゴミを処分しているだけですわ。毎回、助けられずに御免なさいと言うのだけれど、亡くなっていますものね」
何も言えなかった。
その無機質とも言える表情には、何の感情も浮かんではいないが、彼女も一人の人間であると、思い知らされた。
「貴女は、ドゥシャさんと言いましたか」
「はい。ドゥシャと申します」
何だろうか。
シャルネ御嬢様から話しかけられ、少しだけ緊張している。私にしては珍しい事だ。
「同じ男性を好く者として、仲良くしていきましょう」
少しだけ、このシャルネ御嬢様と言う人間が分かった気がする。
勿論、頭がおかしいのは変わらないが、それでも、殺戮人形と言われる程では無いと分かり、これなら仲良く出来そうだと安心した。
「分かりました。仲良く致しましょう」
女二人、一人の男性を支えるのも悪く無い。
「ところでドゥシャさん」
「なんでしょうシャルネ御嬢様」
シャルネ御嬢様の視線の先に、オーガの雄の群れが、手に斧を持ち、涎を垂らしながらゆっくりと温泉に入って来る。
「アレはどう致しましょうか」
シャルネ御嬢様はゆっくりと立ち上がり、その表情がまったく見えない顔を向け、聞いて来る。
「決まっております。殲滅致しましょう」
オーガの群れ五十体程。
普通の人なら瞬時に喰われ、低レベルの冒険者なら逃げ出し、高レベルの冒険者でも二、三十人居なければ対処出来ない数。
そのオーガの群れに、二人の化物が武器も持たずに進み出す。
※
「────のぢゃ?」
黒姫が急に何かに反応したぞ。
「どうした黒姫、何に反応したんだ?」
「馬鹿共が馬鹿な事して消えたのぢゃぁぁぁ」
馬鹿共が馬鹿な事して消えたって何だよ。
まぁ、こっちに関係無いなら良いけどさ、気になる事だけ言ってぷかぷか浮かびやがって。
「凄い断末魔が聴こえたの!」
ミルン……犬掻きしながら教えてくれるのは良いんだけど、俺には何も聞こえてこないぞ。
「バガダチガ、ジズカニ、ゴロザレテルダケ」
静かに殺されて……断末魔……あぁ。
「御冥福を、お祈りしとこう」
その日から、オーガの雄達の姿が消え、山越えの安全度がグッと上がったと言う。
「この山のオーガ、絶滅するんじゃないか」
「何を言うとる。魔王とも子を作れるのぢゃ」
「グフフフ」
えっ────────?