プロローグ
ただ生きているだけの、なんて事ない日常。
パソコンやスマホで、お気に入りのゲームをしたり、アニメを見たり、小説を読んだりと、ただ怠惰に暮らす毎日。
親の遺産を食い潰す、穀潰しの駄目人間。
ご近所さんの噂にもなる程の、クソ野郎。
伸ばし放題の髪。
痩せ細った体。
死んだ魚の様な目。
三十半ばの正に中年。それが俺・小々波流その人だ。
今日も今日とて、深夜にリュックを背負い、引き籠る為の食料の買い出しに、家の近くの食料品店、『デビルイート』に向かった。
買い物カゴには、カップ麺豚骨味を数個、菓子パンを適当に、炭酸飲料はマストだろう。
レジへと向かい、お会計を済ませ、あとはのんびりと、家に帰って食べるだけ。
「偶には、墓参りでも……行こうかなぁ」
その筈だった。その筈だったのだ。
怠惰な日常が、続いていく筈だった。
突然の光に──目を閉じる前までは。
「っ、眩しっ! なんだ今の……?」
ゆっくりと目を開けると、街灯の明かりが消え、踏みしめる地面の感触がおかしい。
アスファルトの硬い感触ではない。
「んんっ……と、落ち着け……俺っ」
頭を掻いて、冷静に持ち物を確かめる。
長く愛用している赤色ジャージ、良し。
お気に入りのスポーツシューズ、良し。
レジ袋不要のエコリュック、良し。
「ここは……どこ?」
右を見ると、先が見えない森。
左を見ると、先が見えない森。
上を見ると、木々達の葉っぱがわさわさと揺れ、下を見ると、雑草が生い茂っている。
ボーッとその雑草を眺めながら、頭の中でチックタックと十秒数え、息を「すぅぅぅ──」大きく吸い込んで、準備完了。
「ここはっ、何処だあああああああああああああああああああああ────!?」
心の中で、ヤッホ──っ気分。
そう叫んでは見たものの、何も変わらずただ一人、静かな暗い森の中で、ぼっちです。
「俺今、店から出て来たよな……夢?」
試しに頬っぺたをつねってみる。
うん、痛いわ。
普通に痛いという事は、夢ではない。
「えぇっと……何これ?」
お店を出たらそこは、大自然の中でした。
そんなのはただのホラーだろう。若しくは神隠し……神隠しに遭うほど、歳は若くないぞ。
「これ……どうしたら良いのっと、スマホっ! スマホが有れば助けをっ……無いっ!?」
ポケットに入れていた筈の、スマホが無い。
リュックの中にも、靴の中にも、ジャージを脱いで確認しても、スマホが見つからない。
「いやいやいやっ、マジかっ……」
スマホを何処かに落とした上に、知らないうちに山の中で遭難ですか?
そうなんですよ。
そうですか……遭難ですね。
「オヤジギャグっ!」
もそもそとジャージを着て、リュックを背負い直し、さてどうしたものかと黄昏る。
パキッ────
「っ……今何か音が……誰か居るのかっ!」
パキキッ────
返答が無い。
森の中で、パキッ──っと異様な音だけが反響し、その音が段々と大きくなっていく。
「これ……うひっ!?」
人生初の──ねっとりと絡み付く様な視線。
それを感じた瞬間、人間の生存本能なのかなんなのか、脚が自然と走り出す。
「なになに今のっ! 背筋がぶるっと────」
『プギャアアアアアアアアアアアッ!!』
腹の奥底に、響いてくる様な叫び。
その叫びが聞こえてすぐ、ドズンッ──ドズンッ──と、背後から何かが迫って来る。
「そりゃあ森だもんねっ! 森で叫んだら駄目だよねっ! 熊さんかなあっ! 森の熊さんかなああああああっ!」
全力疾走フルMAXっ!
動きを止めるな俺の足っ!
「俺は何から逃げてるのかなあああああっ!?」
こちとら都会のおっさんだから、野犬に襲われるだけでも、美味しく頂かれます。だからこそ足を止めたら、確実に死ぬのが分かる。
「はっはっはっふっふ──っ!」
木の間をジクザクに走り、背後から迫り来る何かを、そっと振り向いて確認した。
木々の隙間から漏れる月明かりが、その何かを照らし出し、俺は──目を見開いた。
『プギャアアアアアアアアアアア──ッ!!』
二足歩行の、胸当てを付けた、デカい豚。
「豚っ!?」
その豚さんが、めっちゃ涎垂らしながらっ、ブヒブヒと笑顔で俺を追って来ています。
「アレってあのファンタジーあるあるのオークさんだよねえっ! 何で居るのおっ!?」
『プギャオオオオオオッ!!』
「ちょまっ、手斧っ!?」
豚野郎は振りかぶってぇ──投げましたっ!
「ひぇっ──」
その斧は、俺の顔面すれすれを、ブオンッ──という音を残して通り過ぎ、樹齢何十年だろうかという、見事に太い木を真っ二つ。
「マジでこれっ、死んじゃうだろっ!?」
ピンポンパンポーン(上がり調)
レベルが1上がりました(微笑)
ピンポンパンポーン(下がり調)
「っ、何今のっ、アナウンスっ!?」
しかも古っ! どこぞで聞いた事の有る様な無い様な、間違いなく昭和のアナウンスっ!
というか、誰か笑ってたよね?
「それにレベル? 何レベルって?」
『プギャオオオオオオッ!』
「っ、じゃなくてだなあっ! 今それどころじゃないんだよおおおおおおおおおっ!?」
『プギィイイッ! プギャアアオヴァヴァ!』
あっやばい、めっちゃ近付いてんじゃん。
鳴き声が雄というより、渋い漢の声なのね。
「はっ、はっ、はっ、あぁっ、ヤバいっ。無理っ、息っ苦しっ、脚がっ上がらんっ」
どれ程走ったのだろうか。息苦しさと、只々良く分からない恐怖で、頭が回らない。
それなのに、人の本能とは恐ろしいモノだ。迫り来るモノを、確認せずにはいられない。
走りながら、チラッと背後を確認する。
豚野郎が再度、斧を振り上げていた。
「マジかよっ」
このままでは──避けられない。
豚野郎の投擲に備えて、腰を低くし、"前方を確認しないまま"に、森を抜けた。
「えっ────」
森を抜けたと言うよりは、飛び出したか。
前方不注意とは、この事だろう。
「ははっ」
時が止まった──様な気がした。
足が地面に、付いていないんだ。
正確に言うと、地面が……無いんだ。
「……ふぅ」
これってアレですよね。
人生初の、バンジージャンプ。
しかも、縄無しバンジーだわ。
奈落の底に一直線の。
「これ……死んだわ」
ピンポンパンポーン(上がり調)
レベルが1上がりました(合掌)
ピンポンパンポーン(下がり調)
止まっていた時が──動き出す。
「おああああああっ、だからそれ今じゃ無くねえええええええええ──────っ!?」
豚野郎の叫び声が、遠くなっていった。
2026/5/22 更に加筆修正!!




