【短編集】始末に負えない女性たちの碌でもないハッピーエンドについて
姉の失恋 ~暴力姉の引き取り手を探す弟の話~
1.
金山武志がダイニングルームで朝食を食べていると、台所で姉の真理が金切り声を上げた。「武志!あんた私のプリン食べたでしょ!」
「しらねえよ、そんなもん」と武志。
「しらばっくれても無駄よ!」と真理。
「どこにそんな証拠があるんだよ」と武志。
「証拠?あんた以外に食べる人いないでしょ。だからあんたが犯人よ。証明終わり」と真理。
「状況証拠じゃ有罪にはならねえよ」と武志。
「なんだと?あんたにはたっぷり前科があるんだよ」と真理は武に近づいた。「しばいて自白させてやる!」
「ちょっと待て、姉ちゃん」と武志があわてて腰を浮かせた。「ほんとにオレじゃないって。」
ガチャリとドアが開いて母親の智子が入ってきた。「何してるのよ、あんたたち。」
「武志が私のプリンを食べたんだ」と真理。
「おれじゃないって、ほんとに」と武志。
「あんた、夜中に酔っぱらって帰ってきてから、ここでケーキだのドーナツだの食べてたでしょ。忘れたのかい?」と母。
「あんまり覚えてない」と真理。
「あんたまだ酒臭いわよ。シャワー浴びてきなさい」と母。
「わかったわよ」と言って真理は部屋を出て行った。
「なに朝からカリカリしてんだよ、姉貴は」と武志。
「失恋したんでしょ、ほっといてあげなさい」と母。
「失恋って、笑っちまう。姉貴、男と付き合ってたの?」と武志。
「どうかしらね。だけど、ある程度お付き合いしてたから落ち込んでるんでしょ」と母。
「へえ。あんなゴリラ女と付き合う男がいるなんて信じられねえ」と武志。
「あんた一言多いわよ」と母。「食べたら早く学校行きなさい。遅刻するわよ。」
2.
その日の放課後、武志は所属する軽音部のOBの山崎雄二に呼び出された。指定された駅前のファミリーレストランに入ると、赤い派手なジャケットを着た裕二が手を振っているのが見えた。武志は裕二の向かいに座った。
「久しぶりだな」と裕二は笑った。その顔には、左目の周りに青いあざができていた。
「どうしたんですか、その顔?」と武志。
「お前の姉ちゃんにやられたんだよ」と裕二。
「姉貴の失恋の相手って、先輩だったんですか?」と武志。
「失恋ってことになってるのか。だけど別れたとかそういう話じゃないんだ」と裕二。
「どういうことですか?」と武志。
「確かに、一緒に飯食ったり遊園地に行ったりしたけどよ、付き合ってたっていうのとは違うんだよ」と裕二。
「デートみたいですが」と武志。
「真理はそう思ってたみたいだけどよ」と裕二。
「違うんですか?」と武志。
「真理はいつもライブに来てくれるし、熱心に誘ってくれるから飯食ったりするけど、付き合ってるつもりはなかったんだよ、俺は」と裕二。「お前もバンドやってるならわかるだろ。ファンサービスみたいなもんなんだよ。」
「姉貴にそう言ったらいいじゃないですか」と武志。
「言ったらこうなったんだよ」と裕二は自分の左目を指さしながら言った。
「そりゃあ、災難でしたね」と武志。
「お前、完全に他人事だな」と裕二。
「オレは被害者ですよ。今朝なんて姉貴に絡まれて大変だったんですから」と武志。
「その程度我慢しろ。弟なんだからよ」と裕二。
「先輩、ひでえ。それで何の用なんです?」と武志。
「相談というか、頼みがあるんだよ」と裕二。
「姉貴のこと?」と武志。
「そうだよ。ほかに何があるんだよ」と裕二。
「取りなしてほしいとかですか?」と武志。
「そんなことじゃねえ。ちょっと説明しにくいんだけどよ、俺は真理のことが嫌いなわけじゃないんだよ。」と裕二。
「はあ」と武志。
「真理は男気があっていいやつなんだ。俺は何度も助けられたことがあってよ、だから真理のことをマブダチみたいに思ってたんだ」と裕二。「だけどまさか告られるなんてよ、それで驚いちまったわけよ。」
「それだけで殴られたんですか?」と武志。
「俺もちょっと調子に乗っちまって、少しだけ手を出しちまったんだけどよ」と裕二。「なんていうか、怖いもの見たさっていうかよ。」
「物好きですね」と武志。
「まあな。だけど俺は真理に釣り合わねえっていうか、わかるだろ」と裕二。「真理の相手はそれなりの器の男じゃなきゃあ務まらないんだよ。」
「先輩、中身ないですからね」と武志。
「そんなにはっきり言うなよ」と裕二。「それでよ、頼みがあるんだ。」
「なんでしょうか?」と武志。
「お前に真理にふさわしい相手を探してほしいんだよ」と裕二。
「何言ってるんですか、先輩」と武志は笑った。「ご冗談を。」
「俺は冗談なんて言ってねえ」と裕二と怖い顔をした。
「お断りします」と武志。「なんでオレが姉貴の男探しに付き合わなきゃならないんです?」
「お前しかいねえんだよ。頼むよ」と裕二。「真理にどんな男が好みか聞ける人間なんて俺の周りにいねえんだよ。」
「男の好みを聞くだけでいいんですか?」と武志。
「ああそうだ。だけどよ、できれば条件に合った男を探してくれ」と裕二。
「なんでそこまでしなきゃいけないんです?」と武志。
「真理には幸せになってほしいんだよ」と裕二。「俺は真理のマブダチだ。だからあいつの彼氏にはなれねえ。」
「何格好つけてるんですか」と武志。「先輩が付き合ってあげればすむことじゃないですか。」
「だから無理だって言ってるだろう」と裕二。
「先輩、姉貴が怖いだけなんでしょ」と武志。「今のままじゃ、今度会ったら殺されかねないって思ってるんじゃないですか?」
「そんなわけねえだろ」と裕二は顔をひきつらせた。
「図星だ」と武志。
「おめえ、部活じゃ面倒見てやっただろう」と裕二。
「オレだって命が惜しいですから」と武志。「虎の尾を踏むようなまね、したくないですよ。」
「部活の合宿で、お前が部費ちょろまかしたの庇ってやっただろ。忘れたのか?」と裕二。
「あれは計算を間違えたんです。ちょろまかしたわけじゃありませんよ」と武志。
「だけどあの金返してないだろ、お前」と裕二。
「ええ」と武志は目を背けた。
「頼む、お前だけが頼りなんだ」と裕二は手を合わせて頭を下げた。
3.
しばらく沈黙が続いた。
「先輩の代わりなんてそうそう見つかりませんよ」と武志。「先輩、顔だけはアイドル並みにイケメンだから。」
「そんな言い方するなよ」と裕二。「俺だって分かってんだよ。歌もギターもそこそこで大したことないってよ。」
「先輩、認めるんですか?」と武志。
「分かってんだよ!」と言いながら裕二はテーブルをバンと叩いた。「俺に音楽の才能なんてないんだよ!ただちょっとルックスがいいだけの男なんだよ!」
「先輩、いつも言ってたじゃないですか、自分を信じろって」と武志。
「もう、才能のあるやつと張り合うのは嫌なんだよ!気休めの言葉で自分をごまかすのは限界なんだよ!」と裕二。「だからよ、俺はもうプロを目指すのやめたんだ。」
「そうだったんですか」と武志は驚いた顔をした。
「俺は大学卒業したら適当な会社に就職してよ、適当な女と結婚して子供作るんだ。東京なんていかないで、生まれたこの町でヤンキーとして生きていくって決めたんだよ」と裕二。「だからよ、せめて卒業まではライブを見に来てくれる女の子たちにチヤホヤされて楽しくやりたいんだよ。」
「今までとあんまり変わらないと思いますけど」と武志。
「そんなことねえ。これからはナンパ一筋だ。音楽なんてクソくらえだ。俺はナンパのためにライブやるんだ」と裕二。「だからよ、真理みたいなまじめな女はお呼びじゃねえんだ。俺みたいなダメな男とは釣り合わねえんだよ。」
「オレ、真剣な顔した先輩って初めて見ました。かっこいいっす」と武志。
「何言ってんだよ、お前」と裕二。「それで、わかってくれたのかよ。」
「わかってますよ。先輩がクズやろうってことは」と武志。
「じゃあ頼んだからな」と裕二。
「姉貴のことは任せておいてください」と言って武志は席を立った。
4.
武志は家に帰ると真理の部屋のドアをノックした。
「母ちゃんか?」と中から真理の声が聞こえた。
「オレだよ」とドアを開けながら武志は部屋の中に入った。
真理は缶チューハイを飲んで赤い顔をしていた。「なんか用?」
「プリン買ってきてやった」と武志はコンビニの袋に入ったプリンを渡した。
「ありがと」と真理は受け取った。
「もう酒はやめとけよ」と武志。
「うるせえな。ちょっとここ座れ」といって、真理はベットのヘリを指さした。
「わかったよ」と言いながら武志はおそるおそる真理から少し離れた場所に座った。
「お前、あたしの男になれ。そしたら酒やめてやる」と真理。
「何言ってんだ。オレは弟だぞ」と武志。
「弟でなけりゃ、あたしと付き合ってくれたのか?」と真理。
「待てよ、相性とか好みとか、いろいろあるだろ」と武志。
「知ってるよ。あたしのこと、陰でゴリラ女とか呼んでるの」と真理。
「姉貴はでかくてガサツだけど、かわいいところもあると思うけどな」と武志。
「あたしと付き合えるのか?」と真理。
「絶対無理だ」と武志。
「だろ」と真理。「このまま酒飲んで死ぬよ、あたしは」と真理。
「待てよ。どんな男が好みなんだよ」と武志。
「なんだ、あたしに男を紹介してくれるのか?」と真理。
「オレは結構顔が広いからな。言ってみろよ」と武志。
「色白できゃしゃな体つきで顔立ちが整ってて、冷たい感じの美男子だけど打ち解けると気さくで優しくて、って感じだな」と真理。
「理想高いな」と武志。
「もうしゃべらねえ。出てけよ」と真理。
「待ってくれ。理想じゃなくって、もっと具体的な名前で言ってくれよ、芸能人とかでいいから」と武志。
「そうだな、ミュージシャンで言えば福山雅治とかディーン・フジオカとかが好みだな」と真理。
「そんなイケメンと付き合うつもりかよ」と武志。「立場をわきまえろ。」
「あんた、あたしをからかいに来たんだろ。窓から放り出してやる」と真理が立ち上がった。
「待てって。もっと身近にいないのかよ。姉貴の好みのタイプって感じの友達とか知り合いとか」と武志。
「そうだな、共通の知り合いであたし好みの男なんて思いつかないわ」と真理。
「ぜいたく言わずに、ちょっと感じがいいくらいの男で妥協しとけって」と武志。「俺のダチなら紹介してやるからよ。」
「あんたのダチって頭悪そうなやつばっかりだろ」と真理。「好みじゃないよ。」
「まるで自分が賢いみたいな言い草だな」と武志。
「ほんとに出てけよ、お前」と真理。
「待て待て、そんな簡単にあきらめるなよ。オレは本気だから」と武志。「ほんとに姉ちゃんのこと心配してるんだ。」
「わかったよ。そういえば、あんた先月、文化祭の準備とか言ってバンドの友達連れてきてただろ」と真理。「その中に真面目そうな子が一人いたじゃない。初対面だからって、あたしにわざわざ挨拶してくれた子、かわいかったわ。」
「八坂だな。確かにあいつは色白でやせてて、整った顔立ちしてるな」と武志。
「あんなにちゃんとした子が、本当にあんたの友達なの?」と真理。
「八坂は俺たちのバンド仲間じゃない。キーボードの卓也が熱出して出られなくなったから、急遽代役で入ってもらったんだ。」と武志。
「他のバンドのメンバーなのかい?」と真理。
「いや、あいつはピアニストなんだ。だから普段はキーボードを弾いてないけど、ピアノの腕は確かだからって吹奏楽部の久美に紹介してもらったんだ。」と武志。
「あんた、その八坂君とそんなに親しくないってこと?」と真理。
「それが文化祭の演奏で意気投合してよ、今じゃマブダチだ。クラスメイトだしな」と武志。「オレに任せておけ。」
「任せるってどういうことよ?」と真理。
「八坂を家に連れてくるから、姉ちゃんがここで口説いて誘惑するんだよ」と武志。
「なんか、あたしが悪い女みたいじゃない」と真理。
「言葉の綾だよ。少しでも仲良くなって、あわよくばって意味だよ」と武志。
「あたしじゃ釣り合わないだろ。あんなかわいい子」と真理。
「それはわからないって。姉ちゃんだっておとなしくしてれば、少し体のでかい美人で通るから」と武志。
「おだてるなよ!」と言って真理は武志の背中をバンと叩いた。
「いて!」と言って武志は飛び上がった。「もう酒は飲むなよ!」と言い残して、逃げるように部屋を出て行った。
5.
次の日、武志は昼休みにクラスメイトの八坂裕太に声をかけた。「今日の放課後、数学の宿題を教えてくれないか?来週小テストがあるだろ。オレ、全然わからないんだよ。」
「いいよ。じゃあ、放課後教室に残るよ」と裕太は返事をした。
「悪いけど、うちに来てくれないか。ここじゃあ気が散るんだ。オレ、悪いダチが多いから」と武志。
「ああ、かまわないよ」と裕太。
「それによかったら、うちで夕飯食べてってくれよ。文化祭でバンドに入ってくれたお礼をまだしてなかっただろ」と武志。「オレが言うのもなんだけど、うちの母ちゃんのハンバーグ、すごくおいしいんだ。」
「いいのかい?それじゃあ、ごちそうになるよ」と裕太。
6.
その日の放課後、武志と裕太は連れ立って歩いて、武志の家に向かった。駅前の繁華街を通り抜けて市街地の一軒家の前まできた。
「大きな家だね」と裕太。
「文化祭の前に一度来てくれただろ」と武志。
「覚えてるよ」と裕太。「背の高いお姉さんがいた。」
「姉貴に会ったんだっけか?」と武志はとぼけた。
「玄関であいさつしたよ」と裕太。
「よく覚えてるな」と武志。
「美人のことは忘れないんだ」と裕太。
「姉貴が聞いたら喜ぶよ」と武志は真顔で言った。
「ただいま」と武志が玄関のドアを開けた。
「おかえり」と真理が玄関に出た。普段はポニーテールにしている髪をおろしている。いつも短パンなのにミニスカートをはいている。「友達と一緒なの?」
「裕太だよ。前に一度来たとき、会ってるだろ」と武志。「今日は宿題を教えてもらうんだ。」
さらに武志は裕太に向かって「姉ちゃんだよ」と武志。
「おじゃまします」と裕太が頭を下げた。
「こいつの姉の真理よ。馬鹿な弟をよろしく」と真理。
「うるせえんだよ」と武志。
7.
二人が武志の部屋で勉強していると、真理がお茶とお菓子をお盆にのせて持ってきた。
「勉強は進んでる?」と真理。
「あたりまえだ。裕太は数学の天才なんだよ。しかも説明がうまいから、教師どもの授業よりわかりやすいんだ」と武志。「なあ、オレの家庭教師になってくれよ。給料出すからさ。」
「すごいのねえ。私も教えてもらおうかしら」と真理。
「姉貴のFランレベルなら余裕だろ」と武志。
「大学の数学ですか?」と裕太。
「大学って言っても文系だからよ」と武志。
「文系だけど、超ムズイのよ。ちっともわかんないの」と真理。
「経済学部ですか?」と裕太。
「そうよ。なんでわかるの?」と真理。
「経済学は数学を使うから」と裕太。
「わたし、教科書持ってくるわ」と言って真理が部屋を出て行った。
「これわかる?」と武志の部屋に戻ってきた真理が教科書を差し出した。
裕太が「経済学のための数学基礎」と書かれた本を手に取ってぺらぺらとめくって、「大体ならわかります」と言った。
「すごいわねえ、私の部屋に来て宿題見てよ」と真理。
裕太が驚いていると、「ちょっとだけ見てやってくれよ」と武志が立ち上がりながら言った。
裕太も立ち上がって、武志と真理について部屋を出た。
真理の部屋はきれいに片付けられており、棚にはトロフィーが並んでいる。
「姉ちゃんは空手をやってるんだ」と武志。「大学行けたのはスポーツ推薦で入試を受けられたからだよ。」
「へー、すごいですね」と裕太は感心した。
「この問題だけど」と真理はプリントを見せた。
8.
真理の宿題が終わるころには、すっかり日が暮れて外は暗くなっていた。部屋には真理と二人きりだった。
真理が勉強机の前に座って、その後ろから裕太が立って教えていた。真理の後方上からの裕太の視点では、真理の胸元が上から見える。袖のないシャツの下はノーブラだった。バストの先端がシャツの生地から浮き上がっている。
「裕太君、お礼させてよ」と真理が言って立ち上がった。裕太は「え?」という間もなく、真理に抱きかかえられた。真理は裕太より頭一つ分背が高かった。真理は裕太を抱えたまま、前かがみになって顔を近づけた。
「いいでしょ?」と真理。裕太は小さくうなずいた。真理は裕太の唇にキスをした。
台所で夕飯のハンバーグを焼く準備をしていた母の智子が、ダイニングをうろうろしている武志に言った。「ひょっとして、あんたあの男の子を真理のために連れてきたのかい?」
「ショタ好きの姉貴好みだろ」と武志はどや顔をした。「ドストライクだと思うぜ。」
「育ちのよさそうな子だね」と智子。
「ああ、父親が大学の先生だってさ」と武志。「頭がよくて落ち着いててよ、オレたちとは住む世界が違うって感じだよ。」
「心配だわ」と智子。
「子供じゃないんだから、大丈夫だって」と武志。
「真理が間違いを起したらどうするんだよ」と智子。
「最悪でも姉貴が裕太に子供産ませるとかありえないから、安心しろって」と武志。
「何言ってんだよ、あんたは」と智子。
「イヤッ」という真理の叫び声と、パシッという肌を平手で打つ音がした。さらに「出て行って!」という真理の声がすると、階段をタタタタ、と駆け降りる音がした。
智子と武志があわててドアを開けて廊下に顔を出すと、裕太が玄関で靴を履いていた。「お邪魔しました」と裕太は頭を下げて挨拶をすると、逃げるようにドアを開けて出て行った。
9.
真理はその日の夕飯を食べなかった。誰とも顔を合わさないまま、次の日の朝になった。
武志が登校のために家を出るとき、真理に呼び止められた。「武志、ちょっと頼みがあるんだけど。」
「何だよ」と武志。
「裕太君に、あたしがごめんって言ってたって伝えてよ」と真理。
「いいけどよ、何があったんだよ。せっかく連れてきてやったのに」と武志。
「あたしさ、男の人に押し倒されるって初めての経験でさ、動揺してひっぱたいちゃった」と真理。「ほんとにごめんって謝ってたって。」
「わかったよ。」と武志。「それで、もういいのか?」
「それからさ、また来てほしいって伝えてよ」と真理。「続きをしてあげるからって。」
10.
昼休みに、武志は裕太を校舎の外の人気のない場に連れ出した。
「昨日は悪かったな」と武志。
「何のこと?」と裕太。
「お前の左ほほ、まだ腫れてるぞ。姉貴にやられたんだろ」と武志。
「金山君は何も悪くないよ」と裕太。
「実はさ、姉貴、最近失恋したらしくてさ」と武志。「それで、元気づけようと思って、お前を家に連れていったんだ。姉貴もお前が一度家に来たこと覚えててさ。お前のこと気になってたらしくてよ。」
「お姉さんにまた会えてうれしかったよ」と裕太。
「ほんとか?」と武志。「いやじゃなかったのか?」
「いやなわけないよ」と裕太。
「あんなごついゴリラ女がいいのかよ?」と武志。
「モデルみたいにスタイルよくて、かっこいいと思うよ」と裕太。
「お前、変わってるな」と武志。
「そうかな?」と裕太。
「それでさ、姉貴がお前に謝りたいって」と武志。
「ぼくが悪いんだから、謝らないといけないのはぼくのほうだよ」と裕太。
「そうなのか?」と武志。
「ぼくが無理やりしたから」と裕太。
「お前、ひょっとして、姉貴とやったのかよ」と武志。
「え?まあ」と裕太。
「まじかよ」とつぶやいて武志はしばらく黙り、「お前って、すげえやつだな」と言ってまた黙り込んだ。姉の真理が女性であることに初めて気がついたような気分になった。
「姉貴がまたお前に来てほしいってさ」と言って武志が笑った。
「本当?」と裕太は少し驚いた顔をして武志を見た。
「それから続きをしてあげるって伝言頼まれたよ」と言って武志はへらへらと笑った。
「ぜひまた会いたいって伝えてよ」と裕太。
「ああ、わかった」と武志。「ところでお前、何やって姉貴に平手打ちされたんだ?」
「それは言えないな」と言って裕太が初めて笑った。「だけどこの程度で済んでよかったよ。実はぼく、山崎先輩からお姉さんのことを聞いてたんだ。今なら落とせるってさ。」
「おまえって、見かけよりずるいやつだな」と言って武志は笑った。少し悔しかった。
最後まで読んでくださり、大変ありがとうございます。少しでも面白いと思っていただけましたら、☆評価とブックマークでの応援をお願いいたします。