3.あっちもこっちもヤバい奴
シルルの限界は近かった。
誰かさんに街中を引き摺られ、そのまま王都に向かって走り続けられたことで虫の息となった。
トーナメント表は会場の入口に掲示されていたが、ランジェスの超人的な脚力を前に全て消滅。
受付嬢の顔などもう覚えていない。ただ、受付嬢よりもずっと小さな女の子が、口をあんぐりと開けて昇天している姿は見えた。
彼女はちゃんと成仏出来ただろうか。シルルは心配になる。
「う...腕っ! 腕がぁ! 朽ち果てるぅう!」
「朽ち果てません。まったく…準備運動一つでここまで喚くとは......悪い意味で変わりませんね」
「どこが準備運動っスか! これはれっきとした拷問っスよ、拷問! 魔女狩り!」
「世迷言を。魔女狩りなどとうの昔に廃れた悪しき風習です。諸外国ならまだしも、ミディストリア国内で堂々で殺人を犯すなど、たとえ神が許したとて、この私が許すものか」
「さっきそこで女の子が殺されてましたけど!?」
「ああ、あの子なら会場警備の者に保護させました。親御様に治療費を先払いしたところ、泣いて喜ばれましたよ」
「サイコパッス!」
ランジェスがニタリと怪しげに笑い、シルルの腕を掴む。
「いじわる...」
「よく言われます」
気を取り直して、二人はトーナメント表に目を通した。剣魔大祭の出場者全員に配られるトーナメント表だ。
本来であればシルルが受け取る筈だった物を何故かランジェスが所有していた。
「ん」
肩にグっと力が加わりシルルが前屈みに伸びた。
意識したつもりは無い。が、ランジェスが肩に手をかけていると変な気分になる。気持ち悪いとか怖いとか、そういった負の感情では無く、ただ何となく、ぽわんとする。
彼が普段使用している香水がたまたま自分の好みだったのだろうか。しかしそれなら、もう少し鼻を近づけて嗅ぎたくなるものだ。今の感覚はそれとは少し違う。
考えれば考える程わからなくなる。シルルはこの微妙が感覚が好きじゃなかった。
「......」
一方で、ランジェスはシルルのふくれっ面にお熱な様子。彼女のお餅みたいな頬っぺをつまんでいると心の底から癒される。
無抵抗なのを良いことに好き勝手やっていた。
「全然読めないっス」
「そんなことだろうと思い、予め翻訳していた物がこちらになります」
「そんな物があるなら、最初から出せっス」
「次回からそうします」
さっきからランジェスの距離が近い。シルルはやりにくそうに目を伏せた。
シルルは翻訳版のトーナメント表を受け取り、足を崩す。
トーナメントは全15試合、総勢16名が優勝を懸けて争う。使用する魔法に制限は無いが凶器の持ち込みには一定の基準が設けられている。その基準とは殺傷力の有無だ。
剣魔大祭で使用される武器には殺傷力が『有る』。
寧ろ無いと試合が盛り上がらない為、場合によっては投げ込まれることもあるという。
しょっぱい試合をすれば観客から罵詈雑言を浴びせられ、ホームに戻った後も白い目で見られ続ける。
また、決着は両者どちらかの戦闘不能かリングアウトのみ。
棄権は認められない。
「イーリアが第一試合で、あたしが第三試合っスか。結構早いっスね」
「一試合あたり三十分前後なので、気づいたらあっという間でしょう。シルル様も準備をしておいて下さい」
「りょ。テキトーにウォームアップしとくっス」
なんて言っておきながらシルルは観客席から動こうとしない。試合開始の時刻までダラダラと過ごすつもりだ。
遠くからイーリアが手を振ってきたので、シルルはおっと手を振り返す。
「......あたしは、王子のことが少しだけ苦手っス」
「そうですか」
「薄情者」
「否定しません」
イーリアは予定よりだいぶ遅れて会場入りしていた。あの時、自分では無く彼女の手を取っていれば、準備運動するくらいの時間は作れたのに、と。シルルは口に出さず顔に出した。
イーリアと対戦相手が舞台に上がる。
二人が揃い、歓声が上がった。初参加のイーリアの見て頑張れと激励する者がちらほら。彼女の美貌を女神に例え愛を伝えている者もいた。
みんな期待しているのだ。第六王子お抱えの魔法使いがどれだけ強いのか。
会場の熱気が最高潮に達したところで、司会のウォーデンが叫ぶ。
「それでは第一試合! 【雷姫】イーリア・フォンド・ピースワイスVS【楽炎の魔女】ミカエラ・ディーホルスの試合を開始致します!」
この時、シルルはミカエラの強ばった表情に違和感を覚えていた。
見るからにヤバそうな奴は大抵そうでも無いが、相手の性格に合わせて魔力の色をガラリと変える人間は総じてヤバい。
彼女はまさに、そのタイプだった。
「悪いけど、今年の優勝は私が貰うわ! おばさん!」
「失礼な...アタイはまだ24だよ、尻軽」
「ハァ!? 誰が尻軽よ! この女海賊テンプレパーマがっ!」
「なっ...! 誰が女海賊だゴラァ!」
「やーいやーい! あんたの母ちゃん海の藻屑!」
「勝手に人の親を殺してんじゃないよ! この......窃盗団の戦利品がぁ!」
「誰が窃盗団の戦利品だぁああああ!」
非常に醜い争いが始まり、会場は笑いの渦に包まれる。
やけくそになった二人は同時に階級章を掲げた。
魔法使いが魔法使いであることを証明する重要な儀式だ。
イーリア【III-IV】。
ミカエラ【IV-II】。
シルルが巫山戯んじゃねぇとランジェスの脇腹をどつく。周りに気付かれない程度の威力で二発打ち込んだ。
「仇討ちならお断りっスよ!」
「言い得て妙ではありますが、それはまだ先の話です。さあシルル様、そろそろ待機所に向かいましょうか」
「ぐぬぬっ……あっ、ブラの位置ズレたんで直してくるっス」
「ではそのまま待機所に向かってください。くれぐれも寄り道はしないように」
「寄り道されたら、なんか困ることでもあるんスか?」
「困ることはありませんが、監視の目があります。物理的干渉は無いにしろ、噂ぐらいは広まるでしょう。そうなれば、私も表立ってシルル様を支援出来なくなります」
「うぇ...マジっスか。んじゃさっさと向かうっス」
「是非そうしてください」
ランジェスは終始穏やかな笑みを崩さない。シルルがローブを置いて席を立つ、その瞬間までは。
「ところで......彼女は何をしているんですかね」
「そうねぇ......多少私怨は混じっているけれど、百面相の化けの皮を剥がそうと熱心に煽り倒しているんじゃないかしら? 見かけによらず鋭いわ、あの子」
「......」
ランジェスの独り言に答える悪魔の声。
戦いのゴングは今、鳴らされた。