1.依頼
「聞いてた話と違うっス!」
新居を目にしてシルルが叫んだ。怒りの矛先はやはりと言うべきかランジェスに向いている。
はい? いきなり何です? どうかしました?
みたいな目であたしを見るなと、シルルが涙目で訴えかけていた。
この世に生を受けて十数年、長いこと森の中で一人細々と生きてきた彼女にとって、王都での暮らしはこの上なく窮屈なものであるに違いない。
街ゆく人々は皆煌びやかな装飾品を身に付ける位の高い人間ばかりで、仮に言語が同じだったとしても絶対に関わり合いたくない人種の集まり。
そもそも、贅沢は肌に合わない。
なのにこの王子ときたら、シルルを王都の最高級ホテルに住まわせると言って聞かず、国王陛下の御裁可を待たずしてホテルの一室を買い上げた。
やっている事がエグい、誰か助けて欲しい、と。シルルが頭を掻き毟るまでが既定路線。
ランジェスの思惑通りだった。
「さて、今更説明は不要な気もしますが、一応お伝えしておきます。本日、王室御用達の最高級ホテルの一室を買い上げました。私財は明日専門の業者に運ばせますので、今日のところは私のベッドで我慢してください」
「ちょっと待てぇーい!」
「はい? まだ何か」
「なんで王子までここに住もうとしてんスか!? あんたには王宮っていう立派なご自宅があるじゃねぇでスか!」
「ああ、その事ですか。あそこは既に第三王女の寝屋となっているので、戻るつもりはありません」
「寝……へっ?」
「それから、私のことは気軽にランジェスとお呼びください」
「呼べるかっス! 呼ぶにしても、せめて『様』は付けさせてもらうっスよ! じゃないとあたしが不敬罪でしょっぴかれるっス!」
「ご心配には及びません。現状まだ正式な許可は下りていませんが、何れシルル様には私の側近……いや、直属の魔法使いとなっていただきます。その気になれば一都市を丸ごと動かせる強大な権力者だ。そんな貴女を誰が不敬罪でしょっぴくと?」
ランジェスはシルルのローブを畳みながら話を続ける。
「今こうして私がシルル様の私物を片付けている間にも、彼らは死に物狂いで牙を研いでいる。近々開催されるミディストリアの祭典、ミディストリア剣魔大祭の為に」
「旧ミディストリア剣舞祭…っスか」
「ご存知でしたか」
「知らない方がおかしいっス。というか、それが目的であたしを買収したんじゃないんスか?」
「……まあ、それも理由の一つではありますね。ですが、本音を言うと、私はあのトーナメントに貴女を参加させたくありません。強者だけが生き残り、弱者は淘汰される、そんな世界に貴女を送りたくは無いのです」
「別に、金さえ払ってくれるなら、あたしは何でもしますよ。まあ、一回戦開始時に階級章を掲げるところはパスしたいっスけど」
「残念ながら、それは出来ません。私自身そういった儀式的なものはあまり好きでは無いのですが、大会の規約でそうなっている以上、逃れられない挨拶だと思って下さい」
「何だか、急に面倒くさくなってきたっス」
「そう言うと思って、シルル様の階級章は私の権限で蓋付きの二重構造にしてあります。どうぞ」
「欠片も嬉しくないんスけど」
ランジェスから階級章を受け取り、シルルは一度周囲をぐるりと見回した。誰にも見られていないことを確認し、階級章をポケットの中に入れる。
「ではまず、最初の任務をお伝えします。ミディストリア剣魔大祭に出場し、前年度優勝者のミカエラをボッコボコにしてきてください」
私怨をぶつけるような主人の依頼に、シルルはこくりと頷いた。