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Candy  作者: 朝比奈叶夜
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三日目


 次の日の朝。


 いつもと同じ時間に家を出たが、健君には会わなかった。時間をずらして、先に学校へ行ってしまったらしい。


 しょうがないので、騒がしいセミの鳴き声を聞きながら、通学路を黙々と一人で歩く。


 早く仲直りしたいな。


 今日のうちにちゃんと仲直りして、明日はまた一緒に登校したい。健君がいる方が、やっぱり楽しいし。


 ……日常をすぐに取り戻せると、子供だった私は当たり前のように考えていたのだ。

 




 学校に着いてから謝る機会をずっと伺っていたものの、健君はなんだか近寄りがたい雰囲気で、話しかけることすら出来ない。


 早く謝らなきゃと焦っているうちに、ついに昼休みになってしまった。


 この昼休みの間には絶対に謝ろう!と意気込んで健君を見ると、クラスの何人かを引き連れ、どこかへ向かおうとしている。


 気になってこっそりついて行くと、健君は人通りの少ない場所で立ち止まり、ポケットの中に手を入れた。

 

 ――そこから出てきたのは、ピンク色の包装紙に包まれたあの飴。

 

 ポケットからあの飴をいくつも取り出して、みんなに配ろうとし始めたのだ。


「ねぇ、これみんなにあげるよ。すっごくおいしいから、食べてみて」


 このままだと、みんながあの飴を食べてしまう!


 見ていられなくなり、思わず飛び出して話しかける。


「それ、なんでたくさん持ってるの!?」


 物陰から突然出てきた私を見ても健君は驚くことも無く、不思議なくらい平然としていた。


 周りの子は、急に出てきた私に驚いているのに。


「昨日、お姉さんにもらったんだ」


 意外にも、健君の私への態度は拍子抜けするくらい普通だった。朝から緊張していた私が馬鹿みたいだ。


「お姉さんって誰?健君の知り合い?」


「んーん、全然知らない人。でも、こんなに美味しい飴をたくさんくれるんだから、絶対いい人だよ」


 嬉しそうに笑顔で話す健君を見て、言葉を失う。


 知らない人から物をもらうだけでも気持ち悪いのに、どうしてそれをみんなに食べさせようとするのか。理解が出来ない。


「は?お前、そんな変な物食べさせようとしてたの?超気持ち悪いんだけど。そもそも、学校にお菓子は持ち込み禁止だぞ」


 学級委員長の正臣(まさおみ)君が怒り出した。


 言葉遣いはちょっと乱暴だけど真面目な子で、妹がいるからか面倒見も良く、みんなに(まさ)君と呼ばれ慕われている。


 知らない人から食べ物をもらうのも、学校にお菓子を持ち込むのも、曲がったことが大嫌いな正君には許せなかったんだろう。


「別にいいじゃん。先生にバレなきゃいいんだから」


 正君は大きくため息を吐き、鋭い目で健君を睨みつける。


「本気で言ってんの?お前さ、妹が産まれて兄貴になったんだから、こんなダセェことすんなよ。しっかりしろ」


 もはや溺愛と言えるほど妹をかわいがっており、正君は理想のお兄ちゃんとして校内で有名だった。

 

 自分も正君みたいなお兄ちゃんになる!と、健君もすごく張り切っていたのに。


「放っといてよ。好きでお兄ちゃんになったわけじゃないし……俺は、妹なんて欲しくなかった」


「!!」


 もともと自分のことを『僕』と言っていた健君は、妹が産まれてから正君のマネをして自分のことを『俺』と言うようになったのだ。


 健君なりに、いいお兄ちゃんになろうと試行錯誤して頑張っていたのを、私は知っている。


 だからこそ、こんなことを言うなんて信じられず、唖然としてしまった。


「お前、最低だな」 

 

「もういい!せっかく食べさせてあげようと思ったのに」


「そんなの頼んでねぇよ。勝手に一人で食ってろ」


 吐き捨てるようにそう言った正君は、背を向けて去って行った。周りの子たちがオロオロしながら事態を見守っていた、その時。



 ガリッ ガリガリガリッ ガリッ



「ひぃっ」


 何人かが、情けない悲鳴を上げる。


 恐る恐る音の発生源である健君を見ると、腹立たしそうな表情で激しく飴を噛み砕いていた。歯が欠けてしまいそうな勢いだ。


 尋常ではない光景に私を含むその場にいる全員が息を飲み、しばらく怯えていたが、勇気を振り絞って話しかける。


「そ、そんなにいっきに噛んだら、歯欠けちゃうよ?」


 普段とはあまりにも様子が違う健君に、緊張して声が震えた。


「……」


「健君?」


「……」


「ねえ?」


「うるさいなっ!!」


「痛っ!」


 近寄って、しつこく話しかけたのが気に入らなかったのか。健君は鬼のような形相で叫び、私を乱暴に突き飛ばした。


「おい!大丈夫か!?」


 どこかへ行ったはずの正君が、私のもとへ走り寄って来る。


「えっ、うん。そんなに大きな怪我じゃないから、平気。全然痛くないよ」


 突き飛ばされた拍子に手と足を擦りむいてしまい、本当は痛かったが。健君が責められないように、言わなかった。


「悪いな。俺がもっと早く戻ってたら、こんなことさせなかったのに」


「正君のせいじゃないよ。気にしないで」


 さっきまで怖がって静かだった周りの子たちが、急にざわざわし始める。


「あっ!先生!」


「先生、健君が!」


「みんな、どうしたの?」


 どうやら、正君は先生を呼びに行っていたらしい。




 学校に飴を持ち込んだことと、私を突き飛ばしたことについて。健君は先生から長いお説教を受け、私は保健室で軽い手当をしてもらった。


 そして、私の母親にも健君のお母さんにも、先生は今日のことを電話で連絡したらしい。 

 

 予想以上に大事になってしまい、仲直りどころか会話もしづらくなった。


 明らかに昨日より関係が悪化している。


 しかも、母親に『しばらく健君とは遊ばないで』と釘を刺され、少し言い合いになってしまった。


 母親が心配してくれているのは、私だって十分わかっていたが。


 それでも、健君から離れようとは思えなかったのだ。


 ――大切な幼馴染みだから。



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