一日目
あれは、夏休みが始まるよりも少し前。
放課後、私と健君はプリントを届けて欲しいと先生に頼まれ、学校を休んだクラスメイトのみおちゃんの家へ向かった。
みおちゃんの家は私達の家からは結構離れているけど、一応同じ町内なので頼まれたんだろう。
「みおちゃんに会えなかったね」
ブルーベリーみたいな青色のランドセルを背負った健君は、小石を蹴って転がしながら、不機嫌そうに唇をとがらせる。
「残念だよね。具合そんなに悪いのかな?」
みおちゃんのお母さんはプリントを受け取ると、そそくさと扉を閉めてしまったので、みおちゃんのことを何も聞けず。私と健君は、モヤモヤした気持ちで帰ることになった。
プリントを届けに行けば、少しくらい会えると思っていたのに。がっかりだ。
しかも、こんなに暑い中わざわざ歩いて来た私たちに、みおちゃんのお母さんはお礼も言わなかった。大人のくせに、私たち子供より礼儀知らずなのはどうかと思う。
「でもさぁ、みおちゃん昨日いつもより元気だったよね?具合悪そうには見えなかったよ」
「うーん。元気っていうか、ちょっと変じゃなかった?」
普段はけっこう大人しい感じの子なのに、昨日はなんだかテンションがやけに高くて、ずっと興奮しているような感じに見えた。
健君は気づいていなかったのか、そうだった?と、不思議そうに首を傾げている。
「あっ、そういえば。変かどうかはわかんないけど、なんかお菓子のこと言ってたのは思い出した」
「お菓子?」
「うん。今まで食べたこと無いくらい、甘くて美味しいお菓子食べたーって、確か言ってたよ」
得意気な顔で話してるけど、別にみおちゃんが学校を休んだこととは関係無さそうだ。
「どんなお菓子なんだろ、って、あれ?なにか聞こえない?」
風に乗って、女の人の叫び声?のようなものが聞こえた気がした。
「えー?そう?」
健君には聞こえなかったみたいだけど、気のせいではないと思う。
「今、絶対聞こえた。まるでケンカしてるみたいな声……うわあ!なにっ!?」
話している途中、こちらに向かって勢い良くなにかが飛んできた。身を守ろうと反射的に頭を腕で覆ってしゃがみ込むと、なにかが腕にぶつかり、小さな音を立てて地面に落ちた。
「大丈夫?」
健君は、心配そうに私の方へ近づいて来る。
「うん、ケガはしてないから大丈夫。急になにか飛んで来て、びっくりしちゃっただけ」
なにが飛んで来たんだろう?地面に落ちたものを拾い上げてみる。
「それなに?」
拾い上げたものをよく見ると、ピンク色のかわいい包装紙に包まれていて、包装紙にはずらりと白い文字でCandyと書かれていた。
「Candyって書いてあるから、たぶん飴だと思うけど。いきなり飛んで来るなんて、変だよね」
一体どこから飛んで来たんだろう?飴が空から降ってくるなんて、おとぎ話みたいだ。
「飴?いいなぁ」
「あー、甘い物好きだもんね」
「うん、大好き!」
目をキラキラさせる健君を見て、私は苦笑いした。
健君は甘い物が大好きだけど、実は私はそうでもない。甘い物も嫌いなわけではないけど、しょっぱい物の方が好きだから、飴が落ちて来ても喜んだりせず冷静だった。
「これ、変な物とか入ってるかも知れないし、危ないよね」
「もしかして捨てるつもり?」
嘘でしょ?という顔で私を見る健君。
「知らない人から食べ物もらっちゃダメって、お母さんもよく言ってるから」
食べ物を粗末にするのは気が引けるけど、こんな怪しい飴はさすがに食べたくない。後でゴミ箱に捨てよう。
「ふーん。じゃあ、もーらいっ!」
「ちょっと!?」
健君は私の手の中から素早く飴を抜き取り、包み紙を剥がしてあっという間に飴を口の中に放り込んでしまった。
こんな怪しい飴を食べるなんて、信じられない。
「なにこれ、美味しい……」
頬に両手を当て、うっとりと目を閉じる健君。その姿は、どこか異様に見えた。
この時、無理矢理にでも飴を吐き出させていれば。健君の未来は違ったのかも知れない。
今さら後悔しても、遅いけど。
「ねえ、大丈夫?健君?」
「……」
よっぽど飴を食べることに集中しているのか、健君は口の中で飴をころころと転がすだけで、何も答えてくれない。
不気味な沈黙を不安に思いつつ、しばらく歩き続けた。
「今日は俺の家で遊ぼうよ!」
私の家が近づいて来ると、健君は急にいつも通りの調子に戻り、私はとても安心した。
「うん!ランドセルだけ置いて来るから、ちょっと待ってて」
小走りで家の玄関にランドセルを置き、母親に『健君の家に遊びに行ってくる!』と大きな声で伝え、再び健君と合流した。
「この前のゲーム、またやろう。ちゃんと練習したから、今日は絶対負けないよ!」
ゲームが好きなくせに、健君はゲームがあんまり上手では無い。私が始めてプレイするゲームでも、なぜか何度もプレイしているはずの健君の方が負けてしまうことが多かった。
「負けても泣かないでよ?」
「は?泣かないし!ていうか、勝つから」
「あははっ、そうだといいね」
食い気味に言い切る健君を見て笑った私は、あの飴のことなんてすっかり忘れてしまっていた。
その後は、暗くなるまで二人でゲームをして遊んだ。やっぱりゲームは私が勝ち、健君はすごく悔しがっていた。
次は勝つから!と言っていたけど、次は無かった。
二人で遊んだのは、これが最後だったから。